神のいない世界の歩き方 「科学的思考」入門(Richard Dawkins)
書籍情報
- 著者:Richard Dawkins(著), 大田直子(訳)
- 発行日:2022-06-22
- ISBN:9784150505905
- URL:https://www.hayakawa-online.co.jp/shopdetail/000000015139/
書籍目次
- 第1部 さらば、神よ
- 第1章 神はとてもたくさん!
- 第2章 でも、事実なの?
- 第3章 神話とその始まり
- 第4章 聖書は善良の書なのか?
- 第5章 善良であるために神は必要か?
- 第6章 何が良いことか、どうやって決める?
- 第2部 進化とその先
- 第7章 きっとデザイナーがいるはず?
- 第8章 ありえなさへの歩み
- 第9章 クリスタルとジグソーパズル
- 第10章 ボトムアップかトップダウンか
- 第11章 私たちは信心深くなるように進化したのか? 親切になるように進化したのか?
- 第12章 科学から勇気をもらう
- 訳者あとがき
- 解説/佐倉統
第1章 神はとてもたくさん!
歴史上の無数の神々
- 多神教の神々:
- 多神教徒は同時にたくさんの神を信じる
- 北欧のヴァイキングは主神オーディン、雷神トール、知恵の女神スノトラなどをあがめた
- 古代ギリシアとローマの神々は人間的な欲望や感情が強く、ゼウスとユーピテルのように対にされることが多い
- 現存する主要宗教のうちヒンドゥー教も何千という神のいる多神教
- 古代の神々に対する無神論:
- ギリシア人やローマ人は神に祈り、いけにえをささげ、幸運も災いも神のせいにした
- ほとんどの人は古代の神々について自分は無神論者だと言えるだけの自信をもつ
- ローマ人はユーピテルらを信じない初期キリスト教徒を無神論者と呼んだ
- 現在、無神論者はどんな神もまったく信じない人を指す
- 信じていない神の多さ:
- エジプト、バビロニア、アフリカ、オーストラリア先住民、ケルト、中国などの神々を私は信じない
- 処女から生まれたとされる神はイエス以外にもホルスなど世界中にいる
- 何百何千という空、川、海、太陽、星、月、天気、火、森の神を信じていない
アブラハムの宗教と一神教の疑わしさ
- アブラハムの宗教:
- ユダヤ教の神ヤハウェはキリスト教とイスラム教(アッラー)にも採用された
- キリスト教とイスラム教は古代ユダヤ人の宗教の分派
- 三宗教は伝説の父祖アブラハムに由来するため「アブラハムの」宗教とまとめられる
- 部族神としてのヤハウェ:
- ヤハウェはもとは古代イスラエル人の部族神にすぎない
- 世界中であがめられるようになったのは歴史上の偶然であり、312年のコンスタンティヌス一世の改宗によるもの
- イスラエル人は近隣部族の神バアルなどの存在を否定せず、ヤハウェのほうが強く、嫉妬深いと考えた
- 悪魔信仰と二神教の名残:
- キリスト教徒とイスラム教徒はサタン(シャイターン)という神のような力をもつ悪魔を信じる
- 善対悪の壮大な戦いという考えはゾロアスター教から来ている可能性がある
- ゾロアスター教は善の神アフラ・マズダと悪の神アングラ・マイニュの二神教
- 無神論者への誤った非難:
- アメリカやイスラム諸国では無神論者がサタン崇拝者だと非難される
- 無神論者は悪の神も超自然的なものも信じず、サタンを信じるのは信仰心のある人だけ
- 三位一体:
- 多神教を一神教に押し込むための決まり文句のように聞こえ、三神教と呼んでも許される
- 東方教会と西方教会の分裂のおもな原因は、聖霊が父と子から発出するか父だけからかという論争
- 女神としてのマリア:
- カトリック教徒はマリアが女神であることを否定しつつ彼女に祈る
- 人はみなアダムの罪を受け継ぐが、マリアは例外として「無原罪懐胎」したと信じる
- アダムは実在しなかったので罪を犯せなかったが、神学者はこの点を気にしない
- マリアは肉体のまま天に召された「天の女王」として描かれ、実質的に女神
- 聖人と天使:
- ヨハネ・パウロ二世は483人、フランシスコは1日で813人を列聖した
- 聖人は魚屋、建築家、アイススケーターなど特定の分野の守護者として祈られる
- 熾天使から守護天使まで階級があり、イスラム教徒も天使やジンを信じる
- 天使が半神半人かどうかの議論は、妖精がピクシーと同じかどうかの議論に似ている
生まれによって決まる信仰
- 私の信仰の放棄:
- キリスト教の学校に通い13歳で英国国教会の堅信礼を受け、15歳ごろに信仰を捨てた
- 9歳のころ、ヴァイキングの両親に生まれていればオーディンとトールを信じていたと気づいていた
- 人は自分の国で親を手本に育ち、その国の神を信じる
- 互いに矛盾する信仰がすべて正しいはずはない
- たまたま受け継いだ信仰:
- 正しい宗教がつねに自分の生まれた国の信仰だというのは不自然
- [MEMO] それはそう
- 子どもへの宗教のレッテル:
- 「カトリックの子」「イスラム教の子」のような表現は、意見をもてない幼い子にも使われる
- 「社会主義の子」と同じくらいばかげており、「無神論者の子」という表現も使うべきではない
- [MEMO] 自己決定できない子供への宗教の押し付けは虐待と定義するべき
信仰をもたない人たちの呼び名
- 不可知論者:
- トマス・ヘンリー・ハクスリー(ダーウィンのブルドッグ)が考え出した言葉
- 神の存在と非存在の可能性が同じだという考えは説得力がない
- 妖精がいないことを証明できなくても、存在の可能性が五分五分とは考えない
- 良識ある不可知論者は、神がいる可能性はとても低いと考える
- 大いなる力への憧れ:
- 名のある神は信じないが、何か超越したものがあるにちがいないと考える人がいる(汎神論者)
- 汎神論者:
- 神は万物、自然、宇宙、または理解していない深い謎だと言う
- アインシュタインは神を最後の意味で使い、祈りを聞き罪を赦す人格神は断固として信じなかった
- [MEMO] 神はサイコロを振らないの話はそういう文脈?
- 理神論者:
- 宇宙の法則を生み出し、始まりに万物を作動させ、それ以上は何もしない創造的知性を信じる
- ジェファーソンやマディソンなど多くの建国者が理神論者だった
- ダーウィン以降に生きていれば無神論者だった可能性がある
無神論と立証責任
- 存在しないことの証明:
- 何かが存在しないことを厳密に証明することは不可能
- 妖精、ユニコーン、サンタクロースもいないことを証明できない
- ラッセルのティーポット:
- 太陽の周りを回る陶器のティーポットの存在は反証できない
- 反証できないことは信じる正当な理由にはならない
- 私たちは厳密にはティーポット不可知論者だが、実際には無ティーポット論者であり、同じ意味で無神論者になりえる
- 信じる理由の検討:
- 信じるべき理由が示されるまで反証に時間を割くのは無駄
- トールやアポロに対する態度を、ヤハウェやアッラーにも適用できる
- 神や創造的知性を信じる理由として示されてきたものが正当か、本書で確かめる(とくに第2部の進化)
- 進化は事実:
- 私たちはチンパンジーの親戚であり、サルや魚のより遠い親戚
- 聖典を根拠とする信仰への疑問:
- 多くの信仰があるなかで、自分の聖典だけが本物でまちがっていないと考える根拠はない
- 次章では聖書の書き手と内容の事実性を取り上げる
第2章 でも、事実なの?
歴史的事実の確かめ方と口伝えの歪曲
- 歴史の証拠の強さ:
- カエサルや征服王ウィリアムの実在は、考古学的遺物と同時代の文書で裏づけられる
- 目撃者の死後何十年、何百年たって初めて書かれた証拠は弱く、歴史家は疑う
- 書き手に偏見があればなおさら信頼できない
- 伝言ゲームの歪曲:
- 口伝えでは言葉だけでなく話の重要な内容も変化する
- 文字や考古学以前の歴史は神話や伝説に埋もれる
- ホメロスのアキレウスやヘレネーの背後に実在の人物がいたかはわからない
- 旧約聖書の物語:
- アブラハムやヨセフの話はヘブライ人の伝説であり、ホメロスの物語と同様に信じる理由がない
イエスの実在をめぐる証拠
- パウロの手紙:
- 新約聖書で最も古い文書は巻末近くのパウロの手紙
- パウロはイエスの宗教的意味は多く書くが、生涯の事実にはほとんど触れていない
- 歴史家はこの事実の欠如を不思議に思っている
- 福音書以外の文書の乏しさ:
- ヨセフスの記述は、「彼はメシアであった」という表現などから後世のキリスト教徒による挿入と疑われている
- 敬虔なユダヤ教徒にとって、平和的でおとなしく処刑されたイエスがメシアだという考えは奇妙だった
- タキトゥスはキリスト教徒を悪く書いているため逆説的に有力な証拠だが、これも作り話の疑いがある
- 学者の見解:
- すべてではないが大半の学者は、イエスは実在した可能性が高いと考える
- 19〜20世紀のドイツの学者らの研究で「福音書の真実」は空々しく聞こえるようになった
福音書の成立と信頼性
- 著者と成立時期:
- 福音書の著者は誰も知らず、名前は後世のキリスト教徒が便宜上つけた
- 現代のまじめな学者は目撃者による執筆とは考えていない
- 最も古い「マルコ伝」でもイエスの死の35〜40年後に書かれた
- 「ルカ伝」と「マタイ伝」は「マルコ伝」と失われた文書「Q」から話を引いている
- 現代の事件との比較:
- ケネディ暗殺は映像、報道、ウォーレン委員会で詳細に記録されたが、陰謀説や伝説が生まれた
- 9・11は「マルコ伝」までの期間より短い時間しかたっていないが、意見は一致せず陰謀説が飛び交う
- 作り話の広がり:
- うわさは事実かどうかにかかわらず伝染病のように広がる
- 面白い話や人の期待や先入観に合う話は広まりやすい
- 携挙と勘違いした女性がサンルーフから這い出して玉突き事故を起こしたという作り話がその典型
- イエスの奇跡やよみがえりの物語も、熱心な信者が事実確認せずに伝えたかもしれない
正典の選定
- 初期キリスト教の混乱:
- イエスの死後、各地のキリスト教分派の交流は乏しく、さまざまな点で意見が分かれていた
- 正典の確定:
- 正典は紀元382年のローマ会議でだいたい定められた
- プロテスタントの聖書は新約27巻、旧約39巻で、カトリックと東方正教には外典もある
- キリスト教、カトリック、イスラム教の普及は帝国や軍事征服の結果
- 四福音書が選ばれた理由:
- 50篇ほどの福音書のうち、ほかは異端とされたり書かれた時期が少し遅かったりして外された
- イレナエウスは大地の四隅や四方の風を理由に福音書は四巻でなくてはならないと考えた
- これが神学で論理として通る種類の「論法」
- [MEMO] 要するに論理的な根拠が皆無ということ
- ヨハネの黙示録:
- パトモス島で見た奇妙な夢の記録が正典に入り、絶大な影響力をもった
- 「携挙」の主要な着想源であり、アルマゲドンを待望する危険な考えも生んだ
- 『レフトビハインド』シリーズ以降、携挙を真剣に信じる人がアメリカに大勢いる
福音書の矛盾と預言へのこだわり
- 福音書どうしの矛盾:
- 十二使徒が誰だったかが一致しない
- 「マタイ伝」と「ルカ伝」のヨセフの家系はまったく異なる(25代目と41代目)
- イエスが処女から生まれたなら、ヨセフの家系でダビデの子孫だと立証できない
- 知られている歴史的事実とも一致しない
- 処女懐胎の誤訳:
- マタイは預言を成就させるために出来事をでっち上げた印象がある
- イザヤは遠い将来でなく、王アハズの前にいた特定の女性について話していた
- ヘブライ語 almah(若い女性)がギリシア語訳で parthenos(処女)になった
- 単純な誤訳が聖処女マリア神話とマリア崇拝につながった
- ベツレヘム生誕:
- ミカの預言を成就させるため、マタイとルカは生誕地をナザレからベツレヘムに変えた
- ルカはアウグストゥスの人口調査を持ち出したが、該当時期に人口調査はなかった
- 39代前の先祖の出生地を「自分の町」とする法律はばかげている
- マタイはヘロデ王の幼児虐殺とエジプト逃避で一家をナザレに行かせた
- ユダと銀貨30枚:
- ユダの強欲という動機も、マタイの預言への執着の犠牲に思える
- ゼカリヤ書の銀30シケルを宮に投げ入れる話と、ユダが銀貨を聖所に投げ込む話が対応する
- 陶器師の畑の購入でエレミヤの預言も成就させている
正典外の福音書
- 正典外の福音書:
- ペテロ、ピリポ、マグダラのマリア、トマス、ユダなどの福音書がある
- ユダによる福音書:
- 1978年にエジプトで発見され、紀元280年前後60年のものとされる
- ユダだけがイエスの使命を真に理解し、裏切りは神の計画の実現を助けたとされる
- その違和感の原因は、イエスの死が神の計画した犠牲だというキリスト教の中心思想にある
- トマスによるイエスの幼時物語:
- 5歳のイエスが安息日に泥から12羽の生きたスズメをつくった
- ぶつかった少年を殺し、その両親を失明させた
- 死んだ友だちを生き返らせ、短すぎる木材を魔法で伸ばした
- ダブルスタンダード:
- 幼時物語の奇跡を信じない人が、正典の水をワインに変える奇跡などを信じる理由はない
- 382年に幸運にも選ばれた四福音書の何が特別なのか
奇跡とヒュームの論理
- 死者のよみがえり:
- マタイによれば、イエスの死の瞬間に墓が開いて大勢の死者が街を歩いた
- イエスのよみがえりを信じるなら、こちらも同じように信じる理由がある(あるいはない)
- 途方もない主張:
- イエシュアというさすらいの伝道師が実在したという小さい主張には小さい証拠で足りる
- 処女懐胎やよみがえりのような途方もない主張には途方もない証拠が必要(セーガン、ラプラス)
- ヒュームの議論:
- 奇跡の報告には、実際に起こった可能性と、見まちがい・うそ・幻覚・誤報・手品の可能性がある
- つねに奇跡度が低いほうを選ぶべき
- 奇術の例:
- 正直な奇術師は、どれほど不思議でもただのトリックだと断言する
- 念力を口実に石油会社から大金を稼ぐペテン師もいる
- テレパシー親子は呼びかけの言葉で数字を伝えていた
- トリックが見抜けなくても、自分が見まちがったと考えるほうが奇跡度は低い
- ファティマの奇跡:
- 1917年、7万人の群衆の前で太陽が落ちてくるように見えたとされ、カトリックが公認した
- ヨハネ・パウロ二世は暗殺未遂から「ファティマの聖母」に救われたと考えた
- 太陽が実際に動いたなら半球中の人が見たはずで、地球は破滅していた
- 人数や動きは伝言ゲーム効果で誇張された可能性が高い
- 奇跡を公認したことはカトリック教会の良識の欠如を示す
- ヨシュアの長い一日:
- 神が太陽を止めた話はまじめな学者は事実と考えないが、原理主義者は事実にしようともがく
- 次章では旧約聖書の物語が実話かどうかを問う
第3章 神話とその始まり
旧約聖書は歴史ではない
- 旧約聖書の扱い:
- 旧約聖書はあいまいな神話と伝説の領域であり、聖書学者も歴史として真剣に扱っていない
- アブラハムとダビデ:
- アブラハムが実在したと考える確かな理由はないが、その存在は途方もない主張ではない
- ダビデ王は聖書以外に痕跡を残しておらず、実在したとしても取るに足らない地方の首長だった
- 雅歌と伝道の書:
- 「雅歌」は男女の性愛の詩だが、欽定訳聖書は「キリストとその教会の相互愛」と注釈をつけている
- 現実の内容を無視して象徴やたとえにするのは神学者らしい考え方
- 「伝道の書」と「雅歌」は欽定訳で読むことを勧める
- ペンタテューク(トーラー):
- 伝統的にモーセの著作とされるが、そう考えるまじめな学者はいない
- わずかに事実の下敷きがあるかもしれないが、史実と呼べるものはない
エジプト脱出の伝説とバビロン捕囚
- エジプト捕囚の証拠の欠如:
- 一国の国民の奴隷化と大移住は考古学や記録に痕跡を残したはずだが、証拠はない
- それでもこの伝説はユダヤ文化に深く焼きついている
- 過越の故事:
- 神は十の災いをもたらし、最後にエジプトのあらゆる家庭の初子を皆殺しにした
- 全知全能の神なら子羊の血のしるしは不要だったはず
- 神は「しるし」を見せるためにわざとファラオの心をかたくなにした
- これは美しい故事ではなく、現実に起こらなかったことに感謝したい
- バビロン捕囚と執筆時期:
- 紀元前605年のネブカドネザルによる捕囚には証拠が多い
- 旧約聖書の大部分は紀元前600〜500年に、出来事の何世紀もあとに書かれた
- 時代錯誤:
- 「創世記」でアブラハムがラクダを所有しているが、ラクダの家畜化は何世紀もあと
ノアの箱舟と大洪水神話
- バビロニアの起源:
- ノアの物語はギルガメシュ叙事詩のウトナピシュティムの伝説がもと
- 箱舟の寸法、動物の乗船、鳥を放つ話、山への漂着などがほとんど同じ
- アトラハシス版では、人間が騒がしすぎたことが洪水の理由
- 世界各地の洪水神話:
- ギリシアのデウカリオーンとピュラー、アステカのコクスコクスなど、一家族だけ生き残る神話は世界中にある
- ケンタッキー州の箱舟:
- 聖書信仰派はルーツを知らずに非課税資金で巨大な箱舟をつくった
- 動物の分布が示すもの:
- 箱舟が事実なら動物はアララト山から広がる分布を示すはず
- 実際には有袋類、ナマケモノ、キツネザルなど各大陸と島に固有の動物がいる
- 動物は進化が事実ならいるはずの場所にいる(ダーウィンの重要な証拠)
神話の始まり方
- 神話は史実ではない:
- アダムとエバもノアの箱舟も史実ではなく、学識ある神学者もそう考えない
- 神話は美しく興味深いが、とくにアメリカとイスラム世界には史実と信じる人が大勢いる
- ユダヤの神話は三宗教の正典に入ったというだけの理由で有名になった
- 神話の起源の候補:
- 地元の英雄の実話、語り部の作り話、娯楽のためのフィクション、道徳的なたとえ話
- 夢の説明(オーストラリア先住民のドリームタイム)
- 伝言ゲーム効果による変化:
- 行ないは誇張されて超人レベルになり、名前や細部も変わる
- 語り部が面白さや既存の信念、愛されるキャラクターに合わせて物語を「改善」する
現代に生まれた神話
- エルヴィス目撃神話:
- イエスのよみがえりの物語を考え直させる
- カーゴカルト:
- 第二次世界大戦中、メラネシアの島民は空から届く物資を神や先祖からの贈り物と考えた
- 外国人の行動を宗教儀式と見なし、偽の空港や管制塔をつくってまねした
- 戦後も積荷の「再来」を望み、互いに離れた多くの島で独立に生まれた
- ジョン・フラムとフィリップ王配:
- タンナ島ではアメリカ兵に由来するとみられる救世主ジョン・フラムの再来が信じられている
- 1974年に訪問したフィリップ王配を神としてあがめるカルトもある
- サムは「二〇〇〇年待てるならジョンを一九年待てる」と答えた
- 初期キリスト教徒も、イエスの再臨は自分が生きているあいだに起こると信じていた
- ライフ・オブ・ブライアン:
- 救世主と誤解された主人公のサンダルとひょうたんをめぐり分派が生まれ、宗教の始まりを風刺している
モルモン教
- 成立:
- ジョセフ・スミスは天使モロナイに導かれ黄金の板を掘り出し、魔法の帽子の石で翻訳したと主張した
- 1830年出版の『モルモン書』の英語は当時のものでなく、欽定訳聖書の古い英語だった
- スミスは詐欺罪の前科があったが、信奉者は数百万にのぼる
- 発展:
- ブリガム・ヤングがモーセのように信者を率いてユタ州に至った
- 収入の一割の献金で潤い、世界中に大神殿をもつ
- 明らかな誤り:
- アメリカ先住民はイスラエル部族の子孫だという主張はDNAの証拠で否定されている
- 『アブラハム書』の原本パピルスが1966年に再発見され、アブラハムとは無関係の文書と判明した
- それでも信者の信仰は揺らがなかった
- 子ども時代の洗脳の力:
- 宗教のなかで育った人がそれを振り落とすのは難しく、次世代へ伝えられる
- 口コミしかなかった時代にキリストのカルトが勢いよく広まった理由もわかる
エデンの園とピグミーの起源神話
- 起源神話:
- どんな部族にも起源神話があり、エデンの園はユダヤ人のもの
- 聖書に取り入れられたのは、イエスがユダヤ人だったこととコンスタンティヌスの改宗という偶然による
- エデンの園の神話:
- アダムは土のちりから、エバはあばら骨からつくられた
- 禁断の知恵の木の実を食べた二人は追放され、労働と出産の痛みを科された
- ピグミー族の神話:
- 月の天使が土から最初の人間エフェをつくり、生命力を吹き込んだ
- 神はタフの木に近づくことを禁じたが、身重の女性が実を食べたがり、皆で食べて神が死を宣告した
- 類似の説明:
- ユングのアーキタイプ(元型)として独立に生まれた可能性
- 宣教師の影響が伝言ゲームで組み込まれた可能性(著者はこちらが高いと考える)
- 人類学者アレは逆にピグミーからエジプト経由で中東に広まったと考えた
神話を信じることへの問い
- アメリカの現状:
- ほぼ半数がアダムとエバの物語を文字どおり信じている
- 残りの半数のおかげでアメリカは最強の科学大国になった
- どの神話を信じるか:
- イエスのよみがえり、ムハンマドの天馬、黄金の板を、エデンの園やカーゴカルトより信じる理由はあるのか
- 自分の育った信仰の神話がほかより事実である可能性が高いといえる理由はない
- 聖書:
- 聖書の神話が他の民族の神話より価値がある理由はない
第4章 聖書は善良の書《グッドブック》なのか?
神というキャラクターを評価する
- ノアの箱舟の実像:
- 子どもに人気の物語だが、神が人類の罪深さに怒り、ノア一家とつがいの動物以外をすべて溺れさせた話である
- 評価の前提:
- 神が架空かどうかに関係なく、ヴォルデモートやダース・ベイダーと同様に善悪を判断できる
- 本章の「神がこうした」は「聖書にそう書かれている」の意味である
- ヨブの試練:
- 神はヨブが幸運を失っても神を愛しつづけるとサタンと賭けをし、サタンにヨブからすべてを奪わせた
- 家畜、使用人、家、一〇人の子どもを失い、全身を腫れ物で覆われても、ヨブは信仰を捨てなかった
- 神は最終的にヨブに以前より多くの富を与えたが、死んだ子どもたちは犠牲にされた
- ヨブ記の性質:
- 著者は不明で、教訓のための架空の話である可能性が高い
- それでも多くのキリスト教徒、ユダヤ教徒、イスラム教徒は実話と考え、神を最高のロールモデルと見なす
アブラハムとイサク
- 子どもの視点で見た物語:
- 父親に散歩に連れ出され、薪の上に縛られ、ナイフで殺されかける
- 直前で止められ、神が父親の忠誠心を試すために命じたと知らされる
- 子どもに一生の傷を残す、これ以上ないほどひどいいたずらである(「創世記」第二二章)
- コーラン版:
- アブラハムは息子をいけにえにする夢を見てアッラーの命令と納得し、息子も同意した
- 別の伝統ではシャイターンが思いとどまらせようとするが、アブラハムは石を投げて追い払う(イードアルアドハーで再現される)
- 現代の基準:
- 現代なら残酷な児童虐待で逮捕される
- 「頭のなかで声を聞いた」「夢を見た」は妥当な言い訳にならない
神の嫉妬と残酷さ
- 物語の史実性と問題点:
- アブラハムとイサクが実在した証拠はないが、問題は聖書が「グッドブック」とされ、神が最高に善良とされていること
- 自信のない神:
- 神が人を試すのは、夫をわざと誘惑させる嫉妬深い妻のようである
- 全知なら、アブラハムがどうふるまうかあらかじめ知っていたはず
- ライバルの神への嫉妬:
- 神は自分の名を「ねたみ」と言うほど嫉妬深い
- 昔のヘブライ人はほかの部族の神の存在を疑わない部族神信仰だった
- 金の子牛:
- モーセの不在中に人々が金の子牛をあがめると、神はレビ族に約三〇〇〇人を殺させ、さらに疫病をはやらせた
- 十戒:
- キリスト教徒は十戒を持ち出すが、たいてい「汝殺すなかれ」しか思い出せない
- 「殺すなかれ」は自部族を殺すなという意味で、神は外国人を殺すことを何とも思っていない
- 第一の戒律は「わたしのほかに神としてはならない」であり、またもや嫉妬である
焼ける肉を好む神といけにえ
- 燔祭の煙:
- 神は焼ける肉のにおいを好み、イサクの代わりに雄羊が神にささげられた
- 人身御供をやめさせるためと解釈されるが、言葉で直接伝えればよかったはず
- ほんとうに思いやりのある神なら羊のいけにえもやめさせるだろう
- 語りかけない神:
- 旧約聖書の神はモーセにほぼ毎日話しかけていたが、現在神の声を聞く人は精神科の助けが必要と考えられる
- このこと自体が、昔話が実話でないことを示唆している
- エフタの娘:
- エフタは勝利と引き換えに、帰宅して最初に見たものを焼いてささげると神に約束した
- 出迎えた一人娘は二カ月処女であることを嘆いたあと、いけにえとして焼かれた
- このとき神は止めに入らなかった(「士師記」第一一章)
約束の地の征服と民族浄化
- 戦いの神:
- 旧約聖書は血なまぐさい戦いに満ち、イスラエルが勝つたびに戦いの神がたたえられる
- 「ヨシュア記」「士師記」は、先住民を皆殺しにして約束の地を奪う軍事作戦を描く
- レーベンスラウムとの類似:
- 「その地をあなたがたの所有として与えた」という戦争の動機は、ヒトラーの「生存圏」の正当化と同じである
- 通り道の部族には平和が提案されるが、最悪でも男は殺され女は性奴隷にされる
- 約束の地の住民は「息のある者をひとりも生かしておいてはならない」とされた(「申命記」第二〇章)
- 子どもと女性への命令:
- アマレクでは幼子や乳飲み子まで殺すよう命じられた(「サムエル記上」第一五章)
- 男の子と男を知った女は殺し、処女は生かしておけと命じられた(「民数記」第三一章)
- 現在、それは民族浄化、そして児童虐待と呼ばれる
- 神学者の対応:
- 史実の証拠がないことに感謝すべきであり、象徴的な神話や寓話として説明する
- しかし大量虐殺や性奴隷の話からまともな道徳は見いだせない
新約聖書と贖罪の教義
- イエスの評価:
- 神学者は旧約聖書を切り捨て、より思いやりのあるイエスに目を向ける
- 山上の説教のイエスは当時として異例なほど善良な人物である
- ただしイエス自身は「わたしと父とは一つである」と言っている
- パウロの原罪論:
- パウロに始まるキリスト教では、人はみなアダムの原罪を受け継いで「罪のうちに生まれる」
- アウグスティヌスによれば原罪は精液を通じて男系に受け継がれる
- 新生児でさえ原罪を負い、洗礼とイエスの犠牲的な死によって贖われなければ地獄に落ちる
- アダムは存在しなかった:
- 人類の系図は類人猿、魚、細菌へとさかのぼり、最初の夫婦はいない
- 存在しなかったアダムの罪を誰も受け継ぐことはできない
- 贖罪の矛盾:
- 神がただ赦さず、誰かの痛ましい死を必要とした(「血を流すことなしには、罪のゆるしはあり得ない」)
- 全能の神はイサクのときのように磔を止めることもできた
- 著者は神のセリフをパロディ化し、茶化していることを認めつつ謝らない
- ルールをつくる全能の神が、自分自身でもある息子を拷問させなければ赦せないという教義はきわめてたちが悪い
- 新約聖書の中心的メッセージも旧約聖書に劣らず恐ろしい
ユダとユダヤ人への迫害
- ユダの扱い:
- ユダの名は裏切りの象徴だが、イエスの逮捕は神の計画に不可欠であり、ユダは役割を果たしたにすぎない
- ユダヤ人迫害:
- キリスト教徒はイエスの死をユダヤ人のせいにし、何世紀も迫害した
- ピウス一二世はユダヤ人を非難する発言をし、ルターはシナゴーグとユダヤ人学校に火を放つよう主張した
- ヒトラーは一九二二年の演説でキリスト教徒としてユダヤ人と戦うと語った
- ヒトラーと宗教:
- ヒトラーはうそつきの常習犯で、その主張は真剣に受け取れないが、無神論者ではなかった
- 彼の演説を受け入れる土壌は、カトリックとルター派の何世紀にもわたるユダヤ人憎悪がつくった
- 「その血の責任」:
- 「マタイ伝」第二七章二五節の言葉が迫害の多くの原因となった
- ユダヤ人は神が望んでいたことを求めたにすぎず、この言葉は後から偏見ある人に加えられた疑いがある
結論
- 読者への問い:
- 聖書の文書は出来事のずっとあとに書かれ、物語はおそらく事実ではない
- 神が架空であってもなくても、宗教指導者が命じるように愛し従いたいキャラクターかどうかを決める権利は私たちにある
第5章 善良であるために神は必要か?
無神論者への偏見
- 二〇一六年の民主党予備選:
- 党幹部ブラッド・マーシャルは、バーニー・サンダースを無神論者ではないかと疑い、公の場で信仰を言わせるよう提案した
- 南部バプテスト派の有権者はユダヤ教徒と無神論者を大きく区別するため、ケンタッキー州とウェストバージニア州の票が数ポイント変わると考えた
- 世論の傾向:
- 有権者は異なる信仰の候補者でも無神論者よりましだと考え、無神論者はほかの資質が高くてもリストの最下位になる
- 憲法の精神:
- 合衆国憲法は公職の資格に宗教上の審査を課すことを禁じている
- マーシャルは法的禁止を求めたわけではないが、意図的に有権者の先入観に訴えた
- 無神論は超常的なものを信じないだけであり、超常現象を信じることがより良い政治判断につながる理由はない
「天の偉大な隠しカメラ」説
- 神が必要とされるふたつの理由:
- 聖典というルールブックがないと善悪がわからないという考え
- 人間は誰か(神)に見張られているときだけ善良でいるという考え(「天の偉大な警官」または「隠しカメラ」説)
- 著者はどちらもまちがった理由だとする
- 見張られることの効果:
- 警察や監視カメラがあると犯罪は起こりにくい
- 神が行ないや考えまで見ていると信じる人は悪いことをしにくいと考えられている
- メリッサ・ベイトソンの実験:
- ニューカッスル大学のコーヒールームの「正直者の箱」で、価格表に花の写真と人の目の写真を交互に貼った
- 目の写真の週は、花の週に比べて収入がほぼ三倍になった
- 紙の目が見ていないことは誰もがわかっており、合理的な打算ではなく反射的・無意識の効果である
- 高所でガラス越しでも恐怖を感じるのと同様、脳に組み込まれた反応かもしれない
- 著者の立場:
- 神に見られていると信じる人が善良になりやすいという話はもっともらしいが、著者はその考えが嫌いである
- 人は見張られていなくても正直であると信じたい
地獄の脅し
- 地獄の教え:
- キリスト教もイスラム教も、罪人は死後永遠に地獄で苦しむと教えてきた
- 「ヨハネの黙示録」の「火の池」、コーランの皮膚を何度もとりかえて焼く懲罰、ダンテの『神曲――地獄篇』などがある
- 多くの伝道師によれば、神を信じないだけで地獄に落ちる
- 子どもへの影響:
- 多くの人が死ぬまで地獄の脅しを信じ、とくに死の間際の人生が惨めになる
- 脅しに関する持論:
- 脅しは妥当であるほど恐ろしい必要はない(刑務所は現実なので拷問を加える必要はない)
- 死後の罰は信じがたいため、埋め合わせとして極端に恐ろしくなくてはならない
- 例外的な著者の意見:
- 子どもを地獄で脅す人たちこそ地獄に行くのが当然であり、地獄がないのは彼らにとって幸運である
宗教と善行の関係
- 慈善活動:
- 信心深い人は十分の一税などで気前よく寄付するという研究もある
- ただし教会の資金の多くは宣教師に渡り、それが飢餓救済と同じ意味で慈善事業かは疑問である
- 信者でないビル・ゲイツ、ウォーレン・バフェット、ジョージ・ソロスが寄付の世界トップ3である
- ハイチ地震とNBGA:
- 二〇一〇年のハイチ地震で、リチャード・ドーキンス財団は無信仰者による支援(NBGA)を始め、三日で三〇万ドルを集めた
- 無信仰者のほうが気前がいいと自慢するためではなく、ほとんどの人は危機に際して信仰に関係なく親切である
- 刑務所の統計:
- 二〇一三年のアメリカ連邦刑務所では、プロテスタント二八%、カトリック二四%、イスラム教徒五%に対し、無神論者は〇・〇七%だった
- 人口比や「不明」の存在、早期釈放のための信仰申告、教育程度との相関などの留保はある
- それでもこの数字は「隠しカメラ」説に有利ではない
- 「信仰への信仰」:
- 「隠しカメラ」説が正しくても、それは神の実在を信じる理由にはならず、事実を信じる理由は証拠だけである
- 他人が神を信じると犯罪が減るから良いという考えは上から目線である
- ダニエル・デネットはこれを「信仰への信仰」と呼ぶ
- ゴルダ・メイアは「私はユダヤ人を信じている。そしてユダヤ人は神を信じている」と答えた
十戒の検討
- ルールブック説:
- 聖書が良いふるまいを教え、神やイエスというロールモデルを示すから宗教は良いという考えがある
- 第4章の神を見れば優れたロールモデルとは言えず、文字どおりに読むよう教えられるコーランはもっと悪い
- 裁判所への掲示論争:
- バイブル・ベルトの州では、公の建物に十戒を掲示したい政治家と、国教樹立を禁じる憲法修正第一条を引く人々が対立している
- 個人が家に掲げるのは自由だが、州裁判所に掲げるのは多くの法律専門家が違憲と考える
- 前置きと第一・第二の戒め:
- 「わたしのほかに神としてはならない」は「ねたみの神」の嫉妬を示す
- 初期キリスト教の狂信者はライバル神の像を破壊し(パルミラのアテナ像など)、聖アウグスティヌスは最悪の破壊者の一人だった
- これは今日のISISやアルカイダの狂信に通じる
- 偶像崇拝の罪を三、四代の子孫にまで報いるとされ、生まれていないひ孫まで罰せられる
- 第三の戒め:
- 神の名をみだりに唱えるな、とは罵り言葉の禁止にすぎず、裁判所に掲げるほどの重い罪ではない
- 第四の戒め:
- 安息日に薪を集めただけの男が、神の命令で石打ちにより殺された(「民数記」第一五章)
- 石打ちは集団いじめのような恐ろしい刑であり、一部のイスラム教国では今も行なわれている
- 神が六日で創造して七日目に休んだという正当化は「類推」論法であり、そもそも宇宙は六日でつくられていない
- 第五の戒め:
- 父母を敬えという戒めはすばらしい
- 第六の戒め:
- 「汝殺すなかれ」は良い戒めだが、当たり前すぎる
- 戦争では聖職者のお墨付きで大々的に破られ、どちらの側も神が味方だと考える(J・C・スクワイアの詩)
- 死刑には裁判や上訴などの厳格な手続きがあるのに、戦争では罪のない兵士や民間人を裁判なしに殺すよう命じられる
- イギリスの良心的兵役拒否は、不戦主義宗教の親をもつ場合には認められやすく、自力で考え抜いた人には難しかった
- 元の意味は「自分の部族のメンバーを殺すな」であり、神はほかの部族を殺すよう命じている
- 第七の戒め:
- 姦淫の禁止は単純に見えるが、破綻した結婚など大目に見るべき状況もありうる
- 性生活は個人的な問題で、国法のように掲げるものではない
- 第八・第九の戒め:
- 盗みや偽証の禁止は、すでにすべての国の法律の基礎であり、掲示に反論はない
- 第十の戒め:
- 「むさぼる」は実際に奪わないかぎり法律の問題ではない
- 私有財産の収用を正当とする革命家や、税を窃盗と考えるリバタリアン、ロビン・フッドのような義賊の例がある
- 隣人の妻としもべを家や牛と同じ財産と見なしている
- 女性を男性の所有物とする考えはサウジアラビアなどで今も見られ、夫の許可なく銀行口座を開けない、男性の同伴なしに外出できないなどの法律がある
- 「それも彼らの文化だ」は尊重する正当な理由にならない
- 十戒の結論:
- 十戒は時代遅れだが、核心は私たちが聖書を超えて進歩してきたことにある
- だからこそ善悪を聖書から引き出すべきではなく、実際に引き出していない
- もし引き出していたら、今も安息日の労働や異教崇拝で人を石打ちにしているはずである
新約聖書とイエス
- 選別の基準の問題:
- 新約聖書から教訓を引き出せばよいと言っても、どの文が良くどれが悪いかの判断には聖書以外の基準が必要である
- そうでなければ循環論法になる
- イスラム教の「後の節が前の節に取って代わる」ルールでは、好戦的な「メディナ啓示の節」が平和的な「メッカ啓示の節」に優先されてしまう
- イエスと律法:
- イエスは律法を廃するためでなく成就するために来た、律法の一画もすたらないと言った(「マタイ伝」第五章、「ルカ伝」第一六章)
- 黄金律を『旧約聖書』の中心的メッセージと主張した
- 黄金律に似たものは旧約聖書(「レビ記」第一九章)や古代エジプト、インド、中国、ギリシアにもある
- 復讐をめぐって:
- 旧約聖書には「目には目、歯には歯」など復讐を説く節が多く、これはハムラビ法典に由来する
- イエスは「右の頬を打たれたら左の頬も向けよ」と、復讐を明確かつ寛大に否定した
- この点でイエスは時代や旧約聖書の神のはるか先を行っていた
- イエスの問題ある言動:
- 実のないいちじくの木を呪って枯らした(「マルコ伝」では実がなる季節ではなかった)
- 都合の悪い節を「象徴」とするのは神学者の逃げ道であり、どれを象徴とするかは彼らが選ぶ
- 自分を王として望まない者を「打ち殺せ」と言った(「ルカ伝」第一九章)
- 母マリアに冷たく、家族を捨てなければ弟子になれないと言い、家族をないがしろにした
- ガダラの豚:
- イエスは精神の病を悪霊のせいと考え、悪霊を豚の群れに入れて崖から落とした
- 昔の人を当時の無知で責めはしないが、神であるなら分別があるはずである
- 当時の人間としてのイエス:
- イエスが悪霊はいない、地球が太陽を回る、生き物はみな親類だと教えていたら感動的だった
- その知恵は当時の善人のものであり、神のものではない
- ムハンマドも地動説ではなく「太陽は泥の泉に没する」と言い、預言者たちも当時の人が考えそうなことしか言っていない
結論:独立した基準
- 選別の矛盾:
- 聖書の節の良し悪しを判断する基準が聖書の外にあるなら、なぜその基準を直接使わず聖書を使うのか
- 次章への問い:
- その独立した基準とは何か、何が良くて何が悪いかをどう決めるのかが次章のテーマである
第6章 何が良いことか、どうやって決める?
進化が与えた道徳の土台
- 進化による欲望:
- 人間の脳も進化の産物であり、やりたいことや善悪の感覚も進化する
- 甘いもの好きは、糖分を取りすぎることがなかったサバンナの祖先の環境で進化した
- 腐敗臭への嫌悪は危険な細菌を避けるため、性欲は子孫を残すために受け継がれた
- 親切への欲望:
- 人は他人に親切にし、協力し、同情したいという欲望も受け継いでいるように見える
- その進化上の理由は第11章で説明するが、限定された種類の親切は進化に有利に働く
- 遠い祖先から受け継いだ道徳的価値観が、善悪の観念に入り込んでいる
- 進化の限界:
- 善悪の観念は数世紀、さらには数十年で変化しており、進化的変化には速すぎる
- したがって進化だけでは善悪の由来を説明しきれない
「空気」の変化:奴隷制と人種観
- 「空気」とは:
- 一カ所に特定できないさまざまなものの組み合わせとして、時代の道徳的風潮を「空気」と呼ぶ
- 二一世紀の価値観は一〇〇年前とも一八世紀とも明らかに異なる
- 奴隷制:
- 一八世紀には奴隷所有はふつうで(著者の先祖もジャマイカで所有していた)、解放すれば文明が崩壊すると考えられた
- ジェファーソンやワシントンも奴隷を所有していた
- ヨーロッパ人は西アフリカから、アラブ人は東アフリカから奴隷を連れ出し、スワヒリ語はアラブ人の奴隷貿易の言語として発達した
- アフリカの首長も奴隷を捕らえて売り、自ら使っていた
- 聖書は当時の道徳律であり、『新約聖書』の「エペソ人への手紙」「テモテへの第一の手紙」も奴隷に主人への服従を説いている
- 一九世紀の人種観:
- 同じ日に生まれたダーウィンとリンカーンは、奴隷制に反対し、実際に奴隷を解放した
- それでもハクスリー(一八七一年)もリンカーン(一八五八年)も、黒人が白人と対等だとは考えていなかった
- 彼らは当時としては最も偏見のない人々であり、人種差別主義者として非難するのは無能な歴史家である
- 二世紀後に生まれていたら、自分の言葉にゾッとしていただろう
数十年で変わる「空気」
- 戦争と民間人:
- 第二次世界大戦では、工業中心地の爆撃から報復の応酬を経て、民間人の殺害そのものが目的になった
- 一九四五年のドレスデン爆撃では、広島・長崎に匹敵する一〇万人以上の民間人が犠牲になったと推定される
- 半世紀後の湾岸戦争では、民間人の犠牲は「巻き添え被害」とされ、政治家が謝罪するようになった
- 誘導ミサイルの技術進歩だけでなく、道徳的風潮も先へ進んだ
- 女性の選挙権:
- イギリスで女性が男性と同じ選挙権を得たのは一九二八年、アメリカは一九二〇年、フランスは一九四五年、スイスは一九七一年
- かつては礼儀正しい男性たちも「女性は論理的に考えられないから投票させるべきでない」と言っていた
- 数十年で、人々が受け入れられると思うことが劇的な速さで変わる
- ピンカーの『暴力の人類史』:
- 人間は数百年、数千年のあいだに優しくなり、暴力や残虐性を減らしてきた
- その変化は遺伝的進化とも宗教とも関係なく、「空気」がおおむね同じ方向に動いてきた
- 方向の正しさと旧約聖書の神:
- その方向が「正しい」と著者は考えるが、二一世紀の人間だからそう思うだけかは読者に委ねる
- 第4章で旧約聖書の神を非難したのも現代の基準によるもので、神は当時の「空気」の道徳を示していたにすぎない
- それでも現代人は違うやり方を選び、人間を過去に引き戻そうとする原理主義者に抵抗する権利がある
- 変化の経路:
- カフェや夕食での会話、手本となる人の話、小説や記事、ポッドキャストなどから互いに学び、心を変える
- 議会の議論と立法(一九六七年までのイギリスの同性愛処罰、婦人参政権)、裁判官や陪審員の判断も影響する
- 学術書や講義、道徳哲学者も「空気」の変化に影響を与える
道徳哲学:絶対主義と帰結主義
- 二つの学派:
- 絶対主義者は、正と不正は幾何学の命題のような明白な事実だと考える(例:殺人はつねに悪、中絶は殺人)
- 帰結主義者は、行動の結果として誰が苦しむかで善悪を判断する
- アビー(絶対主義者)とコニー(帰結主義者)の対話:
- アビーは受精卵も人間であり中絶は殺人だと主張する
- コニーは、「女性は自分の体に絶対的権利がある」という主張も絶対主義だと指摘し、受精卵には神経系がなく苦しまないが女性は苦しむという帰結主義の理由で中絶を認める
- 胎児の将来を奪うという反論に対し、コニーはセックスを拒むことも未来の人間の機会を奪うと応じる
- アビーは受精の瞬間に特定の個人が始まると反論するが、コニーは一個の受精卵から生まれる一卵性双生児の例で反駁する
- 食人と「滑りやすい坂」:
- アビーは、苦しむ者がいないなら身寄りのない死者を食べてもよいのかと問う
- コニーは、食人へのタブーは滑りやすい坂の「安全用の手すり」として役立つと答える
- アビーは中絶も滑りやすい坂で嬰児殺しにつながりうると指摘する
- コニーは誕生の瞬間が良い仕切りだとし、古代ギリシアの子捨て、妊娠後期中絶の希少さ、自然流産の多さに触れる
- 線引きの拒否:
- コニーは、「いつ人間になるか」ではなく「いつ痛みや感情を感じるか」を問うべきで、それは段階的だと主張する
- 進化の系図をたどれば人間と動物の間に絶対的な線は引けず、問うべきは「苦しむか」であり、ブタも苦しむ動物である
- 帰結主義の前提:
- アビーは、コニーも「苦しみを引き起こすのは悪い」という理由なき絶対的信念から始めていると指摘する
- コニーはそれを認めつつ、「聖書にそう書いてある」より理にかなっており、拷問されれば誰でも賛成するだろうと応じる
義務論と宗教的な「人」の始まり
- 絶対主義と宗教:
- 絶対主義者はたいてい信心深く、十戒のようなルールにしたがう生き方は絶対主義的である
- 義務論:
- 聖典以外の根拠でルールを正当化しようとする学派である
- カントの定言命法「普遍的法則になるべきだと切望できる格率のみにしたがって行動せよ」により、盗みやうそは普遍化すると成り立たないので排除される
- 現代の義務論は、自分の境遇を知らない「無知のベール」の陰で価値体系を考案することを提案する
- カトリックの立場:
- 多くの宗教は決定的な瞬間に魂が体に入ると考え、カトリックは受胎の瞬間とする(『生命の賜物』)
- その著者は一卵性双生児の議論を考慮していない
帰結主義の弱点
- 炭鉱作業員の思考実験:
- 閉じ込められた作業員の救出費用を飢えた子どもの食糧に回せば、より多くの苦しみを減らせる
- 真の帰結主義者は作業員を見捨てるべきかもしれないが、著者はそれに耐えられない
- 純粋な帰結主義で救出を正当化するのは、不可能ではないが難しい
結論と第2部への導入
- 善の決め方:
- 道徳哲学は、ジャーナリズム、会話、議会や学生会館の議論、司法判断と並んで「空気」を変える経路のひとつである
- この傾向が止まる理由はなく、二二世紀の道徳がどうなるかは問いとして残る
- 神は善良であるために不要:
- 現代の道徳律は聖書ともコーランとも大きく異なり、「天の隠しカメラ」は善良であるべき理由にならない
- 「善良であるために神が必要」という考えは捨てるべきである
- それでも神は存在しうるか:
- 神が不要でも、また邪悪であっても、神が存在しえないことにはならない
- 何かの存在を信じる唯一の理由は証拠である
- 第2部への橋渡し:
- 第1〜6章で、多くの神々、聖典、宗教と道徳の結びつきを検討してきた
- それでも生きものの美しさと複雑さから、創造的知性を信じたくなるかもしれない
- 著者自身も一五歳ごろまでそう信じていたが、生きものがデザインされたように見える真の説明であるダーウィンの進化論を知って神々を見限った
- その説明を第2部の大部分で展開する
第7章 きっとデザイナーがいるはず?
チーターとガゼル:速さのための「設計」
- 追う者と逃げる者:
- サバンナでチーターから逃げるガゼルには同情するが、獲物を捕まえられなければチーターと子どもたちは飢え死にする
- 両者の筋肉質でバネのような体は、全身で「速さ」を表現しているように見える
- チーターの能力:
- 最高速度は時速一〇〇キロほどで(一一〇キロという報告もある)、止まった状態から三秒で時速一〇〇キロまで加速できる
- 長時間は走れないスプリンターであり、最後の短距離走で捕まえられる距離まで獲物に忍び寄る必要がある
- 対照的にオオカミは最高速度が遅い(時速六〇キロくらい)が、しつこく追う長距離ランナーである
- 背骨が弓なりにたわんで脚に力を与え、肺・鼻の穴・気管・心臓はとくべつ大きい
- ガゼルの能力:
- チーターほど速くない(時速六〇キロくらい)が、左右に身をかわして「跳ね回る」ため、高速で向きを変えにくいチーターには捕まえにくい
- 追われると空中高く跳ね上がる「プロンク」をするが、これは「自分は捕まえにくい」というチーターへの合図かもしれない
- ガゼルが理由を理解しているわけではなく、神経系がそうプログラムされているだけである
- 問いの提示:
- 四つの部屋に分かれた心臓のような複雑なものは、数学に詳しい天才がデザインしたにちがいないように見える
- 答えは断固たるノーであり、その理由はあとの章で見ていく
眼はカメラである
- デジタルカメラとの類似:
- 脊椎動物の眼の網膜には、フォトセルのような光に反応する細胞が並び、神経細胞経由で脳とつながっている
- 脳内には、隣どうしの細胞が網膜内の隣どうしのフォトセルと順序どおりに対応する網膜の「マップ」がいくつかある
- 瞳孔と虹彩:
- 瞳孔は虹彩の筋肉によって広がったり狭まったりし、カメラの「虹彩絞り」と同じく光の量を調節する
- 瞳孔の形は丸である必要はなく、ガゼルは横長のスリット、ネコは明るいと縦長のスリットになる
- 網膜上の像は上下逆さまだが、世界は逆さに見えない
- レンズと焦点合わせ:
- カメラと魚眼はレンズを前後に動かし、哺乳動物は筋肉でレンズの形そのものを変える
- カメレオンの眼は左右別々に旋回し、魚やカメラの方法で焦点を合わせ、レンズの移動量から獲物までの距離を判断する
カメレオンの舌とエネルギーを蓄える仕掛け
- 舌の発射:
- カメレオンの舌は体長より長く、ねばねばした銛のように放たれ、チーターの三〇〇倍の加速をする
- チーターと同じく、獲物にゆっくり慎重に忍び寄り、最後に舌だけが「全力疾走」する
- 誤っていた説:
- 初期には、ハエトリグモの脚やチョウの舌のように水圧で伸びるという説があったが、ほとんどまちがっていた
- 舌が中空で、内部に長く硬く滑りやすい「舌骨突起」がある点は正しかった
- 突起に巻きつく筋肉が縮んで舌を押し出すという説(オレンジの種を押しつぶすようなもの)も、実態に近いが厳密にはちがう
- 実際の仕組み:
- どんな筋肉もそれほどすばやく収縮できないため、エネルギーを前もって蓄え、あとで一気に解き放つ必要がある
- 弓や投石器と同じく、筋肉のエネルギーは筋肉と舌骨突起のあいだの伸び縮みする「鞘」に蓄えられる
- 舌の先には粘着力と吸盤のあるこぶがあり、獲物は後引筋で口へ巻き取られる
- こぶは発射後に制御されない「弾道」で移動し、ロープでつながった銛や大陸間弾道ミサイルに似ている
- 舌骨突起そのものも前に動き、舌の飛び出しを助ける
- ほかの動物の例:
- バッタやノミは、ゴムより効率的な伸縮素材「レシリン」にエネルギーを蓄えて跳ねる
- シャコ類は「石弓」の仕掛けで、時速八〇キロ、二二口径の弾丸に匹敵する加速度のパンチを水中で繰り出す
- この章の意図:
- 誰かがこの驚異的な装置を設計したにちがいないと思えるが、それはまちがいである
- この章は説明すべき大きな問題を提示するためにあり、それを解決できる理論は自然淘汰による進化だけである
頭足類の色の変化
- 色を変える動物:
- カメレオンやカレイ目の魚は数分かけてゆっくり色を変えるが、タコやイカ(頭足類)は秒単位で色を変える
- 頭足類は地球上で最も異星人に近く、骨格のない腕を細かく操り、真のジェット推進力をもつ唯一の動物である
- 生きたテレビ画面:
- テレビ画面は赤・青・緑のピクセルの明るさの組み合わせで、あらゆる色と動画をつくる
- 頭足類の皮膚も同じで、ピクセルは赤・黄色・茶色の色素の袋であり、三タイプが別々に制御される
- 色素胞の仕組み:
- 色素の袋は「色素胞」の内部にあり、二〇本近い放射状の筋肉が収縮すると袋が伸びて色が現れ、緩むと小さな点になって見えなくなる
- 筋肉は神経に制御されるため、約五分の一秒で変わり、ホルモンで制御されるカメレオンよりはるかに速い
- 理論的にはイカの脳細胞をコンピューターにつなげばチャップリンの映画を皮膚に上映できる
- ロジャー・ハンロン博士らは死んだイカのひれの神経をiPodにつなぎ、音楽に合わせて色素胞を明滅させた
- 色素と構造着色:
- 色は色素による吸収・反射のほか、見る角度で色が変わる「構造着色(イリデセンス)」でも生じる(シャボン玉、クジャク、モルフォチョウ)
- 頭足類は色素胞の下に、青や緑にきらめく「虹色素胞」の層を、さらにその下にすべての波長を散乱させる白い「白色素胞」の層をもつ
- 色の使い道:
- おもに背景をほぼ瞬時に模倣する擬態に使い、ハンロン博士は海藻に化けたタコが白く変わり墨を吐いて逃げる様子を撮影した
- 頭足類は色覚をもたないが、皮膚に網膜のような見る器官があり、背景の色を知る手がかりになっているらしい
- 威嚇や求愛にも使い、オスのイカがライバルに向けた側を白く、メスに向けた側を茶色の縞模様にし、メスが移動すると反転させる
- 皮膚のきめも変えられ、畝やとげ、突起をつくる
圧倒的な複雑さと美しさ
- 擬態の細部:
- クモ、カエル、魚、鳥、とくに昆虫の擬態は、腕の立つ創造的なアーティストの作品のように見える
- 人々は何世紀にもわたって、神々や名のない創造主がそれをつくったと、まちがって考えてきた
- 生きている体の複雑さ:
- 脳には約一〇〇〇億個の神経細胞があり、互いにつながり合うことで思考や感情、想像が可能になる
- 約三〇兆個ある細胞の一個の中だけでも、止まれば死ぬほど膨大な化学反応の網が進行している
- 血流中には六〇垓個以上のヘモグロビン分子があり、毎秒四〇〇兆個がつくられ、同じ速度で壊されている
- またもやデザインの達人が必要に思えるが、そうではないことをあとの章で明らかにする
- 美しさ:
- クジャクの尾の美しさはメスを引き寄せるのに役立つ
- 航空機や飛ぶ鳥、走るチーターの美しさは流線形から来ており、美しさは「機能的」でもありうる
体に隠された欠陥:歴史を物語る証拠
- 欠陥が語るもの:
- 生きものをひと皮むくと欠陥が見え、それは進化の歴史を物語る
- 知性によってデザインされたのなら、そんな欠陥ができるとは思えない
- カレイやヒラメの頭骨:
- エイは腹ばいに平らになったが、カレイやヒラメは横向きに寝るため、片眼が海底に接する問題が生じた
- 両眼が上を向くように頭骨をひん曲げたピカソのような顔は、良識あるデザイナーならしない配置である
- 祖先はニシンのように直立した左右対称の魚であり、最初からやり直せず、既存のものを修正するしかなかった
- 前後逆の網膜:
- タコの網膜は配線が背面から出る合理的な構造だが、脊椎動物の網膜はフォトセルが光と逆を向き、配線が網膜の表面を通る
- 配線が一点に集まって眼の奥に潜り込む場所が「盲点」になる
- ヘルムホルツは、デザイナーがこの眼を提示したら突き返すと言ったが、神経の層は薄く透明なので眼は十分に機能している
- 反回喉頭神経:
- 喉頭へ向かう神経の一本が、喉頭を素通りして胸まで下り、大動脈に巻きついてから首にもどる
- キリンでは途方もない遠回りになり、著者はキリンの解剖でそれを目の当たりにした
- 首のない魚の祖先では、えらへの最短ルートだったが、首が長くなるにつれてルートを変えずに伸び続けた
- 精巣からペニスへ精子を運ぶ管が、尿管に巻きつく遠回りをするのも同じく進化の歴史で説明できる
- 鳥肌:
- 毛深かった祖先は、寒いと体毛を逆立てて空気の層を厚くした
- 毛を逆立てる小さな筋肉がいまも残り、存在しない毛を無駄に逆立てさせる
- 毛深かった歴史が「私たちにはっきり記された歴史」として肌に残っている
結論:神はどちらの味方か
- チーターとガゼルのジレンマ:
- 神がチーターをつくったなら優秀な殺し屋のデザインに多大な努力を払い、同時にチーターから逃げるエキスパートとしてガゼルもデザインしたことになる
- 神はどちらの味方なのか、双方に苦しみを積み重ねてスポーツ観戦を楽しんでいるのかと問わずにはいられない
- 無神論者の立場:
- 無神論者にとってそれは問題ではないが、おびえたガゼルや飢え死にするチーターをかわいそうに思う
- ダーウィンの自然淘汰による進化論が、それを含め生命に関するあらゆることを完璧に説明する
- そのことをこれからの三つの章で見ていく
第8章 ありえなさへの歩み
ありえなさとは何か
- 問いの提示:
- 前章で示した動物の完璧な色のパターンや巧妙な行動を見て、人々がデザイナーがいたはずだと考えるのはなぜか
- 答えは「ありえなさ」である
- コイン投げの例:
- ありえないとは、偶然にそれが起こる可能性が非常に低いという意味である
- 一〇枚のコインがすべて表になれば驚き、一〇〇枚がすべて表になれば可能性はごくごくごく低いのでトリックを疑うだろう
- 眼や心臓のありえなさ:
- 人間の眼やチーターの心臓のありえなさは、コインのように正確には計算できないが、とんでもなくありえないとは言える
- このありえなさのせいで、人はそれが設計されたにちがいないと考えたくなる
- 著者は設計者などいなかったと示すことを務めとし、眼のありえなさも、眼をデザインできる創造主のありえなさも、ありえなさは残ると指摘する
- ありえないものの問題には別の解決策が必要であり、それはチャールズ・ダーウィンによって示された
無作為な寄せ集めは機能しない
- 寄せ集めの眼:
- レンズが後方につく、網膜が角膜の前に来る、虹彩絞りが暗いときに閉じる、レンズが真っ黒で光を通さないなどが起こりうる
- そもそも網膜やレンズや虹彩絞りができ上がらないかもしれない
- 寄せ集めのチーター:
- 四本の脚が片側につく、後ろ脚が逆向きにつく、心臓が気管につながって空気を送り出す、歯が尻につくなどが起こりうる
- 完全な寄せ集めなら、ピューレ状のチーターのスムージーになってしまう
- 結論:
- 断片を寄せ集める方法は無数にあり、そのうちごく一部しか走ることも見ることも生きることもできない
- 動植物の真の説明が何であるにせよ、偶然や運であるはずがない
ペイリーの時計職人説とその誤り
- まちがった代案:
- 多くの人は、偶然の運に代わる説明はデザイナーだけだと考えて道を踏みはずす
- ダーウィンが一九世紀半ばに登場するまでほとんど誰もがそう考えたが、それはまちがいであり、そもそも代案ではない
- ペイリーの主張:
- ウィリアム・ペイリー牧師は一八〇二年の著書『自然神学』で、荒れ野で石を蹴飛ばしても感動しないが、時計につまずいた場合はちがうと述べた
- 時計は歯車やばねやねじが一体となって時間を告げており、運よくたまたま生まれたはずがなく、時計職人がいたはずである
- 同様に、眼には眼の職人、心臓には心臓の職人がいたはずだという主張である
進化論的ひねり:小さな無作為の変化
- 一部だけを少し変える:
- 断片すべてを寄せ集めるのではなく、動物の小さな断片ひとつだけをほんの少しだけ無作為に変えることにする
- 前の世代より少し長い爪をもって生まれたチーターは、ちゃんと生きて走るチーターである
- 長い爪はスパイクつきのランニングシューズのように地面をつかみ、少し速く走ったり、獲物をしっかりつかんだりする助けになるかもしれない
- 突然変異と自然淘汰:
- チーターのゲノムには爪の長さに影響する遺伝子があり、それが無作為に変化した、つまり「突然変異」した
- 突然変異自体は改良に向かっているわけではなく、ほとんどは状況を悪くするが、たまたま良くすることもある
- 状況を良くする遺伝子をもつ個体は生き延びて遺伝子を伝える可能性が高く、これがダーウィンが自然淘汰と呼んだものである(ダーウィンは「突然変異」という言葉は使わなかった)
- 変化の大きさと改良の確率:
- 変化が小さければ小さいほど、それが改良である確率は五〇パーセントに近づく
- 爪が三〇センチになる、脚が二メートルや一五センチになるといった大きな変化は、どちらの方向でもほぼ必ず害になる
- ほとんどゼロだが完全にゼロではない小さい変化は、改良である確率がほぼ五〇パーセントある
- 研究される変異とのずれ:
- ダーウィンは成功する突然変異のほとんどが小さいものであることに気づいた
- 科学者が研究する変異は見つけやすい大きなものが多く、それはほとんどいつも害になるため、進化に疑念を抱く人もいる
- しかし進化でほんとうに重要なのは小さい変異である
人為淘汰から自然淘汰へ
- 家畜化の例:
- ダーウィンは淘汰の力を説くために、まず家畜化を指摘した
- 人間は野生の馬から荷馬車馬や軍馬、シェトランドポニーやファラベラをつくり、オオカミからグレートデンやチワワなど犬のあらゆる品種をつくった
- 野生のキャベツから芽キャベツ、カリフラワー、ケール、ブロッコリー、コールラビ、ロマネスコをつくった
- 農民や園芸家、ブリーダーは何世紀も前から淘汰の力を知っていた
- 自然淘汰:
- ダーウィンが気づいたのは、人為淘汰は必要なく、自然が何億年ものあいだ独力でその仕事をしてきたということである
- 生存と繁殖を助ける遺伝子は集団内で増え、それを難しくする遺伝子は減ってやがて消える
- オオカミをホイペットやワイマラナーに変えるのに二、三世紀しかかかっておらず、魚の祖先が海から這い出してから三〇〇万世紀が過ぎている
- 遺伝子の広がり:
- 少し長い爪の遺伝子をもつチーターは多くの獲物を捕まえ、子や孫もその遺伝子を受け継いで多くの子を産む
- 人間のブリーダーの代わりに、生き残ることが選別の仕事をする
- 最終的にチーター集団のほぼ全体が突然変異した遺伝子をもち、祖先より少し速く走るようになる
軍拡競争
- ガゼルへの影響:
- 速くなったチーターはガゼルに余分なプレッシャーをかけ、ほかより速いガゼルが生き延びて速く走る遺伝子を子に伝える
- ひづめ、心臓、血液の化学成分など手段は問わず、生き残りを助ける遺伝子は集団内に広まる
- 世代が進むにつれ、狩るものも狩られるものも少しずつ速くなり、双方に進化的変化が起こる
- 競走と軍拡競争のちがい:
- 個々のチーターとガゼルの競走は短時間で決着するが、軍拡競争は進化の時間で起こる種と種のあいだの競争である
- その結果、脚、スタミナ、身をかわすスキル、感覚器官、血液成分など、生き残るための装備が改良される
進化は経済性を計算する
- 改良の代償:
- 速く走るには軽い骨と長い脚が必要だが、その代償として骨折の可能性が高くなる
- 人為淘汰で育てられた競走馬はよく脚を折り、殺処分されなくてはならない
- そのため軍拡競争は妥協につながり、野生馬は速く走るが競走馬ほどではない
- 経済性の制限:
- 筋肉をつくるには食物というコストがかかり、それは子どものための乳など別の用途に使えたかもしれない
- 人間の軍拡競争でも、爆撃機に費やすほど兵士や病院・学校に使えるお金が減る
- ジャガイモの経済計算:
- 植物は頭のなかで計算しないので好例であり、計算に相当するものが代々の自然淘汰によって行なわれている
- 太陽から得て糖やでんぷんとして蓄える「お金」を、葉、根、塊茎、花に配分する必要がある
- 配分をまちがえるジャガイモは遺伝子を伝えられず、遺伝子プールは正しい経済計算をする遺伝子であふれるようになる
- ガゼルのバランス:
- ガゼルは捕食者を警戒する必要があるが、植物は栄養価が低いのでほぼ一日中食べつづける必要もある
- アフリカの平原では、レイヨウやシマウマがライオンの見えるところで警戒しながら草を食べている
- 自然淘汰によって、怖がりすぎることと十分に怖がらないこととのあいだの絶妙なバランスが実現している
遺伝子と祖先
- 進化の本質:
- 進化とは、集団内の遺伝子の割合が変化することである
- 外から見えるのは体や行動の変化だが、遺伝子が生き残るかどうかはそれが体や行動におよぼす影響の直接的結果である
- あらゆる動植物、キノコ、微生物が、祖先の系統が生き残って遺伝子を伝えるのを助けた遺伝子をもっている
- 早死にしなかった祖先:
- 誰もが「私の祖先は誰ひとり早死にしていない」と主張できる
- 早死にした個体もたくさんいたが、それらは祖先にならなかった
- 世界中の七〇億の人間も含め、すべての生きものがうまく生き延びて祖先になるための遺伝子をもっている
- 種ごとのちがいと共通点:
- 生き延びる細部は種によってちがい、チーターは短距離走、オオカミは長距離走、草は日光の吸収と食べられても平気なこと、モグラやツチブタは土を掘ることである
- すべてに共通するのは、経済的バランスを正しくとり、将来世代に遺伝子をうまく伝える方法だという点である
結論:ありえなさは一歩ずつ消える
- 段階的な進化:
- 人間の眼のような優れた装置がいきなり自然にできることは、一〇〇枚のコインがすべて表になるのと同じくらいありえない
- しかし優れた眼は少し劣った眼から、その眼はさらに劣った眼から生まれることはありえ、さかのぼるとひどく貧弱な眼に行き着く
- ひどく貧弱な眼でも、昼夜の区別や捕食者の影に気づけるので、眼がないよりましである
- 脚、心臓、舌、羽、血液、毛、葉も同様で、一歩一歩が小さい変化だとわかれば、ありえなさは消えてなくなる
- 時計職人も説明がつく:
- ペイリーは時計について正しく、時計が自然にできることはありえず、時計職人が必要である
- 時計職人も赤ん坊として生まれ、その手と脳はサル、トガリネズミに似た祖先、魚に似た祖先からゆっくりと進化した
- それは突然ではないので、時計が一気に生まれることほどありえなくはない
- 神のありえなさ:
- デザイナーにも時計と同じように説明が必要である
- 注意深く考えると、神自身がペイリーの時計よりもっとありえない
- 何かをデザインできるほど複雑なものは、単純なものから時間をかけてゆっくり進んできた最終結果であり、あとから宇宙に現れたはずである
- ペイリーの時計職人説は正しく理解すると神の存在を反証する方向に向かい、ペイリーは知らずに墓穴を掘っていた
第9章 クリスタルとジグソーパズル
時計と石のちがい
- 寄せ集めの比較:
- 時計も石も、断片の唯一無二の組み合わせという意味では同じくらいありえない
- 無作為につぎはぎした石もやはり石であり、どれにも特別なところはない
- 時計の部品を一〇〇〇回寄せ集めても、時間を教えるなど有益なことをするものはひとつもできない
- 時計の断片の集まり方は何万通りもあるが、時計になるのはたった一通りであり、そこが石との重要なちがいである
- 立方体の結晶の写真:
- ペイリーと荒れ野を歩いて、母岩に立方体の結晶が突き出したものにつまずいたら、「たまたまあっただけ」とは言えず、デザイナーがつくったと思いたくなる
- しかしこれは誰のつくったものでもなく、ペイリーの石とまったく同じく「たまたま生まれた」一種の石である
結晶はたまたまできる
- 黄鉄鉱と宝石:
- 写真の立方体は二硫化鉄の結晶で、黄鉄鉱と呼ばれ、金ぴかなので本物の金と勘ちがいされ「愚か者の金」とも言われる
- ダイヤモンド、ルビー、サファイア、エメラルドなども自然に形成される結晶である
- 原子の配置と格子:
- 結晶が幾何学的に正確な形なのは、その形が原子の配置を直接表しているからである
- 氷の分子は軍事パレードの兵士のように整列し、上下を含む四方八方に広がる三次元の分子パレードを格子と呼ぶ
- 岩や石や砂も結晶でできているが、結晶がとても小さく押し固められているので別々とはわかりにくい
- 食塩の結晶:
- 物質が溶けた水が蒸発することでも結晶ができ、食塩水を浅い皿に放置すると数日で塩の結晶が見られる
- 水中を漂う塩素イオンとナトリウムイオンが既存の結晶のへりにぶつかり、そこのイオンと「腕を組む」(化学結合する)ことで結晶は成長する
- 食塩の結晶が正六面体なのは「腕」が互いに直角だからであり、腕の角度がちがう蛍石の結晶は八面体になる
雪の結晶
- 構造物としての雪の結晶:
- 小さい結晶がくっつき合って、もっと複雑な形をつくる場合もあり、雪の結晶がその一例である
- 氷の「腕」は六本なので小さな氷の結晶は六角形であり、雪の結晶はたくさんの六角形の「レンガ」でできた構造物で、六方向に対称である
- 同じものが二つとない理由:
- 雪の結晶は水蒸気の雲のなかを落ちながら、構造物のへりに氷がくっついて成長する
- 成長方法は二通りあり、どちらが優勢かは雲の各部分の「微気候」(寒さと湿り具合)で決まる
- どの雪の結晶も落ちるあいだにほかにはないパターンで微気候を経験するので、最終的にほかにない形になる
- 対称である理由:
- 結晶はとても小さいので、成長する構造物のパーツすべてが同じ湿度変化と温度変化の経時的パターンを経験するからである
- すべての雪の結晶はほかとちがうが、それほど美しくないものもあり、本に載るのは美しいものである
- 自己集合:
- 雪の結晶はペイリーの時計ではなく石と同じであり、その対称性も唯一性も科学で完璧に説明がつく
- 分子や物が自然に特定の形をつくる、つまり「たまたまできる」プロセスを自己集合と呼び、生きものにとってとても重要である
ラムダ・バクテリオファージ
- 月面着陸船に似たウイルス:
- バクテリアに感染する寄生体で、バクテリアの表面に「脚」で着陸し、細胞壁に穴を開けて「しっぽ」から自分のDNAを注入する
- バクテリアの組織はウイルスのDNAと自分のDNAを区別できず、その指示にしたがってウイルスを量産させられる
- 自己集合する体:
- ウイルスの頭もほかの部分も結晶と同じように自己集合し、バクテリア内部を漂う分子が成長中の構造にはまり込む
ジグソーパズルのたとえ
- 結晶とジグソー:
- 成長する結晶は、へりにピースがくっついて中央から外へ広がる三次元の未完成のジグソーパズルと考えることができる
- 浮かんでいるピースが結晶にぶつかるたびに、ぴったりの形の「穴」を見つけてはまる
酵素の働き
- 細胞内の化学反応の謎:
- 細胞内では多数の化学反応が同じ空間で起こるのに、互いに邪魔したりごちゃ混ぜになったりしない
- 答えのひとつは細胞内に試験管の壁のように働く複雑な膜組織があることだが、それだけではない
- 触媒としての酵素:
- 酵素は自身は実質的に変化せずに化学反応を加速する触媒で、反応を何百万倍も速くすることもある
- 細胞内の化学物質は触媒がなければ互いに反応せず、反応それぞれに固有の触媒が必要である
- 酵素はスイッチのようなもので、ほかの酵素のスイッチを入れたり切ったりもでき、エレガントな制御システムを構築できる
- ジグソー原則による加速:
- 分子XとYが合体するのにぴったりの角度でたまたま出合う可能性は低く、運任せではXYはほとんどできない
- XY反応を加速する酵素の表面には、X形の穴とY形の穴がぴったりの方向で隣り合っている
- XとYがそれぞれの穴にはまって合体し、できたXYが抜けると穴が空くので、酵素は工場の機械のようにXYを量産する
- 「形」は物理的な形だけでなく化学的な親和性も意味しうる(著者は単純化していると断っている)
- 酵素の種類:
- 何百種類もの酵素がそれぞれ異なる反応のための形をしているが、たいていの細胞で使える酵素はひとつか二つ三つしかない
- これが、化学反応が一度にすべて起こらず互いに邪魔しない謎に対する主要な答えである
タンパク質の折りたたみ
- 酵素の形はどうできるか:
- 酵素はチーターの脚のようにみごとな形をしているが、聖なる分子彫刻家が彫ったのではなく、結晶の成長をもっと複雑にした自己集合によってできる
- アミノ酸の鎖:
- タンパク質分子はアミノ酸の鎖で、生きものに見られるアミノ酸は二〇種類である
- 留め金がはずれたビーズのネックレスのようなもので、ビーズの並び方によってちがうタンパク質になる
- 自己ジグソー:
- 鎖のなかには同じ鎖のほかのピースにぴったりはまるものがあり、それが鎖のあちこちで起こる結果、鎖は特別な形に折りたたまれる
- そのため特定の鎖は同じ出っ張りと割れ目をもつ同じ形の「塊」になる
- 二通りの結び目のどちらかをつくる例外的な鎖もあるが、本書では置いておく
- 形はアミノ酸の並び順と、同じ鎖のほかのアミノ酸にはまる傾向で決まる
脇道:嗅覚とジグソー
- においの仕組み:
- 鼻の内側には異なる形の小さな割れ目がたくさんあり、ぴったりの形の分子がはまるのを待っている
- アセトン分子がアセトン形の割れ目にはまると、脳はそれが除光液だと「考える」
- バラの香りや年代物のワインの香りは、複数のジグソー分子の複雑な組み合わせでできているが、要点は同じである
DNAがすべてを決める
- 酵素の重要性:
- 細胞内には何百もの反応の材料がそろっており、実際に存在する少数の酵素が、細胞が何をするか、何であるかを決める
- アミノ酸の並び順を決めるもの:
- それは遺伝分子DNAであり、著者はこの答えの重要性を強調する
- DNAの構造:
- DNAも鎖だが、ビーズはA、T、C、Gの四種類のヌクレオチド塩基である
- AはTにだけ、CはGにだけはまる
- 結び目はつくらず、二本の鎖がはまり合って螺旋階段をつくり、各段は塩基のペア(T―A、A―T、G―C、C―G)の四種類である
- 情報の二つの使い方:
- 塩基の並び順はコンピューターのディスクとほぼ同じやり方で情報を伝え、遺伝と胚発生の二通りに使われる
- 遺伝では、細胞分裂のとき複雑なジグソーによって階段全体がコピーされる
- 胚発生では、コード文字が三個ずつ読み取られ、六四通りのトリプレットが句読点か二〇種類のアミノ酸のひとつとして「読み取られる」が、読む人はおらずジグソー原則で自動的に行なわれる
- 因果の連鎖:
- DNAの塩基配列がアミノ酸の並び順を決め、それが折りたたみの形を決め、形が酵素の働きを決め、どの化学反応のスイッチを入れるかを決める
- 細胞内の化学反応が細胞の種類とふるまいを決め、胚のなかで協力する細胞のふるまいが胚の発達を決める
- 結局、一個の細胞から赤ん坊へ、そして現在の私たちへの発達を決めたのはDNAであり、それが次章のテーマである
第10章 ボトムアップかトップダウンか
人体はどうやってつくられるのか
- ホールデンの逸話:
- 公開講座で、一個の細胞から複雑な人体ができるとは信じられないと言った女性に、J・B・S・ホールデンは「それでも、あなたご自身がそれをやったのです。しかもたった九カ月で」と答えた
- 女性は「九カ月は両親のくれたDNAが指揮を執っていた」と切り返すこともできたし、それは正しい
- DNAは親からその親へと何世代もさかのぼり、数十億年の進化のあいだに赤ん坊のつくり方についての指示が少しずつ組み上げられてきた
- それを磨き改良したのは自然淘汰であり、うまく赤ん坊をつくった遺伝子は伝えられ、うまくできなかった遺伝子は消えた
- 聖歌「きらめく美しいものすべて」:
- たとえ神が動物の創造にかかわったと信じていても、燃え立つ色や小さな翼を神が直接つくったのではない
- 翼も色も体のあらゆる部分は胚発生によって一個の細胞から育ち、胚発生は酵素を介してDNAに監督されている
- 自然淘汰もDNAを介して働く。DNAが体の発達を監督し、DNAは代々自然淘汰に「監督」されるので、自然淘汰は間接的に体の発達を「監督」する
DNAは青写真ではない
- 青写真との根本的なちがい:
- 家や車には青写真があるが、赤ん坊にはない。ちがいは設計されたかどうかではなく、もっと根本的なところにある
- 青写真では家の要素と図面の要素のあいだに一対一の「マッピング」があり、家を計測すれば図面を再現できる(著者は自宅でそれをやったばかり)
- DNA上の点と赤ん坊の点のあいだに一対一のマッピングはない
- 別の惑星の思考実験:
- DNAはデジタルなので、家の図面をDNAコードに変えて日本に送り、読み取って家のレプリカをつくることは可能である
- どこかの惑星では親の体をスキャンしてデジタル化し、次世代をつくっているかもしれないが、この惑星ではそんなことは起きていない
- どの惑星でもうまくいかないだろう。理由のひとつは、傷や折れた脚までスキャンされ、各世代に祖先の傷が蓄積してしまうことである
- 遺伝学研究所はDNAを読み取れるが赤ん坊をプリントアウトすることはできず、DNAを赤ん坊にする唯一の方法は女性の体に入れることである
- レシピ・プログラムとしてのDNA:
- DNAは赤ん坊のつくり方を示す一連の指示であり、ケーキのレシピや、分岐点のある命令が並んだコンピュータープログラムに似ている
- レシピは可逆ではなく、ケーキを測定してもレシピは再現できないし、コンピューターの動作を見てもプログラムは再現できない
トップダウンとボトムアップ
- トップダウン(青写真建築):
- 建築士が部屋の寸法、壁の素材、配管・配線、ドアや窓の位置などを詳しく記した設計図を描き、職人たちがそれに慎重にしたがう
- 建築士の設計図が工程全体をトップから監督する
- シロアリ塚とサグラダ・ファミリア:
- ダニエル・デネットが、ガウディ設計のサグラダ・ファミリアと、オーストラリアのアイアン・レンジ国立公園のシロアリ塚を比較した(口絵の図10)
- シロアリ塚の地上部分は地下の巣の換気と空調のための煙突である
- 両者は不気味なほど似ているが、シロアリ塚は誰も、何も、DNAでさえ設計しておらず、完成形のイメージをもつシロアリもいない
- 個々のシロアリは「先のとがった泥の錐体を見かけたら泥をくっつけろ」のような単純なルールに勝手にしたがっただけで、ルールはフェロモンのにおいによって決まるのかもしれない
- 全体の設計図がなく、単純なルールにしたがうことで「デザイン」が出現するものをボトムアップ・デザインと呼ぶ
- ムクドリの群れ:
- 冬に数万羽の群れをつくるムクドリは、衝突することなくいっせいに旋回し、まるで一匹の動物のように動く(図11)
- ボス鳥がテレパシーで指示しているかのようにトップダウンに見えるが、監督も振付師もいない
- 個々の鳥がボトムアップのルールにしたがうことで、全体としてトップダウンに見える効果が生じる。シロアリに似ているが時間尺度が短い
- クレイグ・レイノルズの「ボイド」:
- 群れのパターンをプログラムしたのではなく、一羽の鳥について「隣の鳥から目を離すな」というようなルールをプログラムし、そのクローンを何十羽もつくって解き放った
- 鳥もどきたちは本物の鳥とまったく同じように群れをつくった(図12はジル・ファンタウザによるさらに美しいシミュレーション)
- 群れの行動はプログラムされたものではなく、個々の鳥のルールから現れた
- 胚発生への適用:
- このボトムアップ・プログラミングは胚発生の仕組みでもあり、胚の個々の細胞が群れのなかの鳥の役割を果たす
- 胚発生では膜や組織層がダイナミックに折りたたまれへこむので、「建築士がいない」だけでなく「振付師もいない」
- 胚発生の詳細を語るには本一冊が必要だが、体がつくられる過程はボトムアップのプロセスであり、青写真はないと理解すればよい
発生のボトムアップなルール
- 胞胚と原腸胚:
- 受精卵は二個、四個、八個と分裂していくが、全体の大きさは受精卵と同じままである
- 細胞が一〇〇個ほどになると、ローカルルールにしたがって中空の球体である胞胚になる
- 分裂が進んでも球体は大きくならず、壁の一部が中心へへこんで二層の細胞で覆われた原腸胚になる(原腸胚形成)
- 原腸胚は赤ん坊とは似ても似つかないが、ボトムアップのルールが胚のいたるところで働き、着実に赤ん坊らしい形へ変えていく
- 神経胚形成:
- 原腸胚形成のあと、へこみが中空の管をつまみ切る「神経胚形成」が起き、その管が背骨の内側を通る主要神経索になる
- 細部は原腸胚形成と異なるが、個々の細胞がボトムアップのローカルルールにしたがうという同じ原則が働いている
- ジョージ・オスターのシミュレーション:
- 数理生物学者オスターは、レイノルズが鳥でやったことを胚の細胞で行ない、生物学者が知る細胞の特徴を使って一個の細胞のふるまいをプログラムした
- 胚ではなく一個の細胞だけをプログラムし、分裂させると、各コピーが同じ特性とふるまいを受け継いだ
- その結果は本物の神経胚形成に似た経過(へこみ、つまみ切られて管ができる)をたどった。まったく同じではないが、ボトムアップ「デザイン」の力を示している
- 組織の分化と癌:
- 筋肉、骨、神経、皮膚、肝臓などの細胞は見た目がちがっても同じDNAをもち、ちがいはスイッチが入る遺伝子の範囲による
- 組織ごとにつくられる酵素はごく一部にすぎず、そのため細胞は組織ごとに異なる成長の仕方をする
- 各組織はボトムアップのルールで成長し、適切な大きさで成長を止める
- 分裂を止めろというルールに細胞が背くと癌のような腫瘍ができるが、ほとんどの場合そうはならない
結晶から自然淘汰へ
- 第9章とのつながり:
- 結晶は化学結合というボトムアップのローカルルールで美しい形に成長し、誰もその形をデザインしていない
- 同じジグソーのはまり合いでタンパク質の鎖が「結び目」をつくり、酵素として特定の化学反応の触媒になる
- 分子のなかには小さなマシンや「ポンプ」、細胞内を二本の脚で歩きまわる「歩行者」もある(ユーチューブで「Your body's molecular machines」を検索)
- 酵素がほかの酵素のスイッチを入れ、細胞はローカルルールにしたがって力を合わせて胚を、ひいては赤ん坊をつくる。全過程がDNAに制御され、とても特殊な複雑な結晶に似ている
- 変異から自然淘汰へ:
- このプロセスは出産後も、成長と老化のあいだ続く
- 無作為の突然変異によるDNAの個体差がタンパク質のちがいを生み、そのドミノ効果が大人の体のちがいに現れる
- チーターの足の速さ、カメレオンの舌、ラクダの耐久力、バラのとげ、コブラの毒などがわずかに変わり、生き残りと繁殖の可能性を左右する
- その結果、何世代を経て集団内に生き延びた遺伝子は、速く走る体などをつくることに「優れた」遺伝子である
- 進化のまとめ:
- それがダーウィンの自然淘汰であり、すべての動植物が自分のやることに優れている理由である
- 突き詰めれば、DNAを後代に伝えられるくらい長く生き延びることに優れている
- 何万世代で集団の平均的な形が変わり、何億年で魚のような祖先がトガリネズミのような子孫を、何十億年で細菌のような祖先が人間のような子孫を生み出す
- 次章への導入:
- 人間も人間の脳も、祖先が何世代もかけて進化した結果である
- 信心深くなる傾向も、音楽やセックスを好む傾向と同じく脳の特性であり、進化論的な説明があると推測するのが当然である
- 道徳的で親切である傾向にも同じことが言え、その進化論的説明が次章のテーマである
第11章 私たちは信心深くなるように進化したのか? 親切になるように進化したのか?
存在しないものを信じることが命を救う
- 神への信心と進化:
- 西ヨーロッパを除き、アメリカを含む世界のほとんどの人がいまだに神を信じており、宗教信仰には進化論的説明があるはずではないか
- 答えはおそらく、ある程度は「そのとおり」である。ただし、だからといって人々が信じる神が実際に存在するということではない
- 実際にはないものを信じることが、命を救う場合もありえる
- 草むらのライオン:
- アフリカの平原に住む祖先は、ガゼルと同様、ライオンを必要十分に怖がることと、イモ掘りや配偶者探しなどの営みができないほどには怖がらないことのバランスをとる必要があった
- 不可解な動きや音は危険を意味すると信じる全般的な用心深さは、それが現実にライオンの場合もあるので命を救う
- 過剰反応すれば営みを逃すが、うまくバランスをとっている個人でさえ、ライオンでないときにライオンだと信じることがある
- うそだとわかるかもしれないことを信じる傾向が、命を救うこともある
エージェントはいたるところに
- エージェンシーを信じる傾向:
- エージェントとは、目的のために意図的に何かをする主体である。風はエージェントではないが、ライオンはあなたを食べることを目的とするエージェントである
- エージェンシーを怖がることには価値があるが、エージェントとおぼしきものが風の類いなら時間と労力の無駄になる
- 命の危険が迫る傾向が強いほど、いたるところにエージェントが見えてしまい、うそを信じるほうにバランスを崩す
- 現代人の暗闇への恐怖:
- 子どもはブギーマンを、大人は強盗を怖がる。夜の物音は風や家のきしみかもしれないが、不特定のエージェントは怖い
- エージェントへの恐怖は理屈に合わなくても、祖先の過去から私たちの内面に潜んでいるのかもしれない
- アンディー・トムソン博士『なぜ私たちは神(々)を信じるのか』:「私たちは影を強盗とまちがう可能性はある。強盗を影とまちがう可能性は低い」
- 宗教とは、要は、いたるところにエージェントが見えることである
- 精霊信仰から一神教へ:
- 祖先の宗教は精霊信仰(アニミズム)で、目を向ける場所すべてにエージェントを見て神と呼んだ。スティーヴン・フライ『神話』が示すように、ギリシアの神々もそうして始まった
- 川、雷、海、月、火、太陽、暗い森の神がいた。太陽は祈りといけにえがなければ昇らないかもしれず、火はもてなさなければ消えてしまう
- 天気は予測できず生命にとって重要だったので、その背後にエージェントがいると考えるのが自然だった(旱魃を終わらせるため雨の神にいけにえを捧げる、嵐は神々の怒り、など)
- ヤハウェはもともとカナン人の多くの神々(豊穣の神バアル、主神エル、女神アシュラなど)のうちの「嵐の神」だった
- 一部の宗教史学者によれば、ヤハウェはエルやアシュラと融合してユダヤ教の唯一神となり、青銅器時代の精霊信仰が鉄器時代に一神教になった
- キリスト教とイスラム教がユダヤ教の神を採用し、嵐の神はオックスフォードやハーバードの教授による神学書の主人公にまでなった
偽陽性と偽陰性
- パターンを探す脳:
- 自然淘汰は脳に「何のあとに何が起こる」というパターンに気づく傾向を組み込んだ(稲光のあとの雷、灰色の雲のあとの雨など)
- しかしそれは「必ず起こる」ではなく「ときどき起こる」という意味である(妊娠はセックスのあとに起こるが、ときどきにすぎない)
- 二通りのまちがえ方:
- 偽陽性は、パターンがないときにパターンが見えると思うこと。迷信は典型的な偽陽性である(黒猫が横切ることと不運)
- 偽陰性は、現実にあるパターンに気づかないこと(蚊に刺されることとマラリアの関係は、一八九七年にロナルド・ロス卿が気づくまで誰も気づかなかった)
- 雨の神に祈ったら雨が降った、ヤギをいけにえにしたら子どもの熱が下がった、というのは偽陽性であり、いずれにせよ雨は降り、免疫系は病気を治していた
- 因果は実験でしか実証できない:
- 毎回確実に繰り返されるパターンでも、前の出来事が後の出来事の原因である証明にはならない
- ラントン・エイコーン村の教会の時計はいつも隣村ラントン・パーヴァの時計より少し前に鳴るが、観察だけではそれが原因かどうか判断できない
- 原因を実証する確実な方法は、時計を止めたり一〇分進めたりして状況をコントロールする実験だけであり、偶然を排除するため何度も繰り返す必要がある
- 適切な実験にはかなりオタクな頭脳が必要で、ライオンかどうかを実験で確かめるのは命にかかわる。祖先が迷信に頼ったのも不思議はない
スキナーのハトと人間の迷信
- スキナーの実験:
- B・F・スキナーは八羽のハトを一羽ずつスキナー箱に入れ、行動とは無関係に一定間隔で餌を出した
- 八羽のうち六羽が迷信的習慣を身につけた(反時計回りに歩く、箱の片隅に頭を押しつける、頭を振る、頭を上にそらす、床をついばむ動きをする)
- ハトは餌が出る直前にたまたまやった動きを、餌が届く原因だと「考え」て繰り返した
- 祖先が祈りやいけにえの習慣を身につけたのも同様だったと思われる。民族ごとに異なる迷信があるのは、ハトごとに異なる習慣があるのに似ている
- 人間の例:
- ギャンブラーは、幸運のお守りや祈りが当たりを呼ぶという迷信を信じきっており、モンテカルロからラスベガスまで同じである
- 大学のコンピューター室で、学生がテレタイプをコンコンとたたいて反応を急がせようとしていた
- 旱魃のとき毎日いけにえを捧げてやがて雨が降れば、たくさんのいけにえが必要だったと考える。祖先はいけにえを差し出さないという実験のリスクを冒さなかった
- 迷信はパターン探しの副産物:
- 不確定要素が多く特定の結果を望むとき、人は祈るか迷信的習慣を身につける傾向がある
- 迷信そのものは生き延びる助けにはならなかったが、周囲にパターンを探す傾向は役に立った
- 人間のパターン探しは、偽陽性(迷信)のリスクと偽陰性のリスクのバランスをとらなくてはならなかった
- 自然淘汰はパターンに気づく傾向に味方し、迷信と宗教的信仰はその副産物だった
親を信じる脳と副産物説
- 親の警告を信じる子ども:
- サバンナは毒ヘビ、サソリ、ヒョウ、ライオン、ワニなどの危険に満ちており、親は子どもに警告した
- 自然淘汰は警告した親に味方し、親を信じる傾向を子どもの脳に組み込む遺伝子に味方した
- 良いアドバイスと悪いアドバイス:
- 子どもの脳には良いアドバイスと悪いアドバイスを区別するすべがない。区別できるなら、そもそも大人のアドバイスは必要ない
- 自然淘汰は「親が言うことは何でも信じろ」というルールを組み込むだけで、それは「一日に五回祈らなくてはならない」のような無駄な助言にも効力を発する
- 親自身もかつては子どもで、良し悪しを判断できないまま次の代に伝えた。始まりの一部はハトのような迷信で、伝言ゲーム効果(第2章、3章)によって脚色・増幅された
- 一部の賢い子どもは大人になってまちがったアドバイスを卒業するが、いつもそうなるとはかぎらない。これで宗教の始まりと根強さがある程度説明できる
- 副産物説:
- 無駄な考えや迷信は、年長者を信じるように子どもの脳が自然淘汰で形成されたことの副産物として伝えられる
- 年長者の教えの多くは合理的なので、自然淘汰はそういう脳の形成に味方する
- 副産物説は、遺伝子が集団内で増えていくことにもとづく、宗教信仰に対する真に進化論的な説明である
進化論に似たその他の説明
- 集団・国家の生存:
- 戦争好きの神(ヤハウェ、アッラー、ヴァイキングの神)に仕える聖職者は、戦死者は殉教者の天国やヴァルハラへ行き、処女が待っていると説くかもしれない
- 平和な神をもつ国家より勇敢な兵士がいる国家のほうが相手を征服しやすく、その宗教が広まりやすい
- イスラム教が中東とインド亜大陸に広まったのは軍事征服のおかげであり、キリスト教がスペインの征服者によって中南米に広まったのも同じである
- その他の説:
- 共通の宗教・神話・儀式は社会の団結と協力を助ける(雨乞いの踊りが部族の結束を促すなど)。著者はこれに説得力があると考える
- 王と聖職者が国民の信仰を社会支配の手段として利用したという説
- 宗教思想を含む思想(ミーム)が、人の頭のなかで遺伝子のようにライバルと競合して数を増やすという説(真の進化論に近い)
- これらを掘り下げるスペースはなく、どんな論争があるかを知ってもらうために挙げただけである
親類には親切にせよ
- 前提:
- 第6章で約束した、道徳律や善悪観の進化的基盤となりうる限られた種類の親切の話である
- ただし第6章で見た道徳律の変化のほうがはるかに重要。自然淘汰は親切の基礎だけでなく意地悪の基礎も組み込み、そのバランスは歴史上、親切な方向へ変化してきた
- 血縁と遺伝子の共有:
- 進化とは遺伝子が遺伝子プールで数を増やすことであり、親が子どもの面倒を見る遺伝子は、子どもの体内に同じ遺伝子のコピーがあるので増える
- 子どもや妹と遺伝子を共有する確率は五〇パーセント、おいは二五パーセント、いとこは一二・五パーセント(ただし集団全員が共有する「基準」確率に上乗せされる確率である)
- 自然淘汰は、いとこには小さなリスク、めいにはより大きなリスク、妹や息子にはさらに大きなリスクを冒して助けることに味方する
- 理論上は弟に食べ物を与えることも息子と同じくらい有利だが、現実には子どもを助ける機会が多いので親による世話のほうが一般的である
- きょうだいによる世話は、アリ、ミツバチ、カリバチ、シロアリなどの社会性昆虫、ドングリキツツキ、ハダカデバネズミで真価を発揮している
- 脳のルールは経験則:
- 動物は誰が近親者かを「知っている」わけではなく、「巣の中で口を開けてピーピー鳴くものに餌を与えろ」というルールにしたがう
- そのためカッコウの托卵が成功する。カッコウのヒナは里親の卵を放り出し、里親のルールにしたがって餌をもらう
- 「誰にでも親切にせよ」とその裏側:
- 祖先は小さな集団や村で暮らし、誰もが親類だったので、「誰にでも親切にせよ」は「遺伝的な親族に親切にせよ」と同じだった
- 現代の大都市でもこのルールが適用され続けることが、見知らぬ人に友好的になる進化論的理由のひとつである
- 裏側として、「前に会ったことのない人には敵意をもて」「見かけがちがう者には敵意をもて」というルールが、人種的偏見やよそ者への敵意の生物学的起源だったのかもしれない
- 親類だと知ることのできる人間:
- 人間は言語の助けもあって誰が親類かを実際に知ることができ、「親類だとわかっている人に親切にせよ」というルールがある程度勝っている
- カラハリ砂漠のクン族のギャオは、敵対的なカドゥムの地域で捕らえられたが、父親と同じ名前の人や同名の者がいることから共通の親類を示し、受け入れられ食べ物を与えられた
- ニューギニア高地人(一九三〇年ごろ発見された約一〇〇万人、五万年前から居住)は何百もの部族に分かれ、他部族や血縁のない集団に激しい敵意を示す
- 異なる血縁集団の縄張りに迷い込んだ者は、共通の親類を特定できれば友好的に別れ、できなければ死ぬまで戦うことになるようだ
疑わしきには親切にせよ
- 互恵的利他主義:
- 親族関係以外の、おそらくより重要な理由で、自分に親切な人にお返しに親切にすることを意味する
- 意識されるとはかぎらず、自覚がなくても恩に報いる脳をつくる遺伝子に自然淘汰が味方しうる
- 吸血コウモリの実験:
- 吸血コウモリは餌食を見つけるのが難しく、見つけられないと飢え死にの危険がある。満腹のコウモリは飢えたコウモリに血を吐き出して与え、翌日は役割が逆になりうる
- ジェラルド・ウィルキンソンは二カ所の洞窟のコウモリを使い、一匹を飢えさせて仲間または見知らぬコウモリと一緒にした
- ほかのコウモリは、飢えたコウモリを知っている場合は食べ物を与え、知らない場合は与えなかった
- のちの研究で、親族関係より親切な行ないへのお返しのほうが重要であることが明らかになった
- 人間の感情と祖先の環境:
- 人間も親切にしてくれた人に強い感情を抱き、お返しを期待し、借りを返さなければ罪悪感を、返されなければ恨みや失望を抱く
- 一生同じ村で暮らす祖先にとって、「少なくとも最初は、または信頼できない理由ができるまでは、みんなに親切にせよ」というルールが組み込まれる可能性は高い
- 二度と会わない人ばかりの大都市に住む現代人にも、このルールはいまだに生きている
- 交換と取引:
- お返しの考えはあらゆる取引の根っこにある。現代人は食べ物や衣服や乗り物を他人に頼り、自分ができること(著者は本を書き講演すること)で稼いだお金と交換している
- 一万年前に連れて行かれたら、ほとんどの人は生き延びるのに苦労するだろう
- 石器時代には槍づくりの達人と狩りの達人のあいだで槍と肉の交換が自然に起こった
- 青銅器・鉄器時代には鍛冶屋と農民が道具と穀物を交換し、やがてお金や借用書による間接的な交換になった
- 「疑わしいときは親切にせよ」というルールは、「信頼関係を築いていないかぎり疑え」という矛盾するルールとともに、いまも脳内にある
結論
- 親切と道徳:
- 親切にすることへの進化論的圧力は実際にあるようで、それが善悪観のそもそもの基礎として働いているのかもしれない
- しかしその基礎は、第6章で話したようなのちに習得される道徳観念にひっくり返される
- この章の話は第5章の結論を変えない。つまり、私たちが善良であるために神は必要ない
第12章 科学から勇気をもらう
章のテーマ
- 空白を神でふさぐ:
- ダーウィン以前、生物界の美しさと複雑さがデザイナーなしで生まれたという考えはばかげて見え、それを真剣に考えるには勇気が必要だった。ダーウィンにはその勇気があり、正しかった
- 科学に未解決の空白(進化の始まり、宇宙の起源、物理法則の由来)があると、人はそこを神でふさごうとする
- しかし科学はしょっちゅう空白を埋めてきた。ダーウィンは最大の空白を埋めた。残る空白も科学がやがて埋めると期待する勇気をもつべきである
- 構成:
- 常識への自信をぐらつかせる例を、ささいなものから重要なものへと順に挙げ、どれも「冗談だろ!」(テニス選手ジョン・マッケンローの言葉)で締めくくる
- そのあと、宇宙の起源など未解決の問題には神が必要だという見かけの常識にもどる
常識をくつがえす科学的事実
- 貯水池とカエサルのおしっこ:
- 二〇一四年、アメリカでティーンエージャーが貯水池におしっこをしたのが撮影され、水道局は約三万六〇〇〇ドルかけて約一億四〇〇〇万リットルの水を抜いた。おしっこの割合は一〇億分の一未満で、鳥の死骸や動物の尿もあったはずなのに、「ゲーッ」という反応が勝った
- 地球の水は数十年かけて海を経由して再循環している。コップ一杯の水分子は約10²⁵個、地球の水は約7×10²¹杯分なので、カエサルが排泄したコップ一杯分の分子は、どこのコップの水にも約一〇〇〇個入っている
- 空気はもっと速く再循環するので、あなたはほぼ確実にヒトラーが吐き出した原子を吸い込んだことがある
- ガリレオと落下:
- 空気抵抗を除けば、砲弾と羽毛は同時に地面にぶつかる。重力は質量に比例して強くなるが、重い物体を加速させるにはより大きな力が必要で、二つが打ち消し合う
- 質量と重さ/月は落ち続けている:
- 重さは地球の重力が物体を引く力の測定値、質量は含まれる物質の総量である。宇宙ステーションでは重さはゼロでも、砲弾を投げれば質量の大きさがわかり、頭に当たれば傷つける
- 体重計にすわって飛行機から飛び出すと、体重計も一緒に落ちるので重さはゼロになる
- 宇宙ステーションで物が漂うのは地球の重力が届かないからではなく(重力は海水面とほぼ同じ強さ)、地球の周りをたえず落ちているからである。月も同様に重さがなく、地球の周りを落ち続けている
- 地球はなめらか:
- 地球をピンポン球の大きさに縮めると、エヴェレストでさえ最も細かい紙やすりの砥粒ほどで、表面はなめらかに感じられる
- 惑星が丸いのは重力が全方向から内向きに引くため。彗星など小さい物体は重力が弱くいびつになる。冥王星の格下げは定義の問題にすぎない
- 重力の弱い火星にはエヴェレストより高い山があり、衛星フォボスとデイモスはジャガイモのようにでこぼこしている
- 地動説:
- かつては世界が静止し天体が周りを回ることが常識だった。アリスタルコスが地球の公転に初めて気づき、コペルニクスが再発見したが、ガリレオはそれを広めれば拷問すると脅された
- 大陸移動とプレート・テクトニクス:
- 一九一二年、ヴェーゲナーはアフリカと南アメリカがかつてつながっていたと提唱し、生前は笑いものにされたが、約一億三〇〇〇万年前まで実際につながっていた
- 地表は動く「テクトニック・プレート」でできており、動きは爪が伸びる速さ程度だが、ぎくしゃくしていて突然動くと地震が起こる
- プレートのずれ(サンアンドレアス断層)、沈み込み(アンデス山脈)、インドを乗せたプレートの衝突(ヒマラヤ山脈)などが起こる
空っぽの空間に立つ
- 物質はほぼ空っぽ:
- あなたも、イスも、固い石も、ほぼ完全に空っぽの空間でできている
- 原子は小さな原子核と、さらに小さい電子の雲でできている。ダイヤモンドの炭素原子核をテニスボール大にすると、最も近い隣の原子核は二キロ先にあり、その間は空っぽである
- あなたの原子は入れ替わっている:
- スティーヴ・グランド『創造』によれば、子どものころの出来事のときにあった原子は、現在のあなたの体内に一個もない。物質は流れていて一瞬だけ集結してあなたになる
- では三〇年前の罪で逮捕された男は同じ人ではないから無罪か、という問いを投げかける
- 特殊相対性理論:
- 光速に近い宇宙船で船内時間一二カ月の旅をして帰ると、地球では一〇〇〇年が過ぎていることがありうる。船内ではすべてが正常に感じられ、孫の孫のほうが年上になっているかもしれない
安全地帯を出て行く
- 科学は常識をひっくり返す:
- 科学の驚きは衝撃的・恐ろしいものでさえあり、それにしたがう勇気が必要である
- 量子論の奇妙さは恐ろしいが、その予測精度は北アメリカ大陸の幅を髪の毛一本の誤差で予測するのに相当し、ある意味で事実にちがいない
- コペンハーゲン解釈と多世界解釈:
- コペンハーゲン解釈では、量子論的事象は誰かが見るまで起きていない。シュレーディンガーはこれを皮肉り、箱の中のネコは開けるまで生きても死んでもいないことになると指摘した(「シュレーディンガーさん、良い知らせと悪い知らせがあります」という漫画も紹介)
- 多世界解釈では、世界はたえず無数の代替世界に分裂する(多宇宙理論とは別物)。著者自身も面食らっているが、それこそが言いたいこと、つまり科学的事実と向き合う勇気が必要だということである
- 勇気の見返り:
- ガリレオの迫害者は地動説にゾッとしたが、事実は変わらない。科学的事実は恐ろしいものより、すばらしく美しいもののほうがはるかに多く、勇気をもてばそれを経験できる
- ジュリア・スウィーニーの例:
- 喜劇俳優ジュリア・スウィーニーは善良なカトリック教徒だったが、信仰に疑問をもち、科学や無神論の本を読んだすえに「神さまはいない」という声を聞いた(ステージショー『神さまにさよなら』)
- 「神さまがいないメガネ」をかけると最初はめまいがし、地球が宇宙から落ちるのではと不安になったが、重力と角運動量のおかげで太陽の周りを回り続けると思い出した
- 彼女は安全地帯を出ても勇敢に証拠をたどった。この章のテーマは無神論への道に必要な勇気の歩みであり、生命の進化の理解という最大の一歩はすでに人類が踏み出している
勇気をもって、科学と歩む
- なぜダーウィンまで誰も気づかなかったのか:
- 自然淘汰による進化は数学も不要でシンプルなのに、一九世紀半ばまで誰も思いつかなかった
- アリストテレス、アルキメデス、エラトステネス(地球の外周や地軸の傾きを推定)、ガリレオ、ニュートン、偉大な哲学者の誰も思いつかず、旅する博物学者ダーウィンとウォレス(そしてパトリック・マシュー)が思いついた
- 必要だったのは知的勇気:
- 生きものが知性ある創造主にデザインされたことはあまりに当たり前に思えたので、別の考えには勇気ある飛躍が必要だった。それは身体的ではなく知的な勇気である
- ガリレオ(落下)、ヴェーゲナー(大陸移動)、ダーウィン(デザインされていない眼)は、ばかげて見える可能性を検討する勇気をもっていた
- トップダウンの創造に見えるものをボトムアップで説明する考えは、あまりにシンプルだからこそ見落とされた
- 残された謎への勇気:
- 進化のプロセスが約四〇億年前にどう始まったかはまだ正確にはわからないが、生命の最大の謎は解き明かされた
- ダーウィンらの知的勇気が、宇宙の始まりや法則の由来という残された謎に向き合う勇気をくれるはずである
- ただし大胆な主張をしてまちがう人も大勢いる。勇気だけでは足りず、正しさを証明しなくてはならない
- ニュートンについての注記:
- 錬金術や聖書の数字の分析に人生の多くを費やし、ライバルのフックにひどい仕打ちをした。飼い犬ダイヤモンドが論文を燃やしても怒らなかったという逸話は神話かもしれない
膨張する宇宙と多宇宙
- 宇宙観の拡大:
- かつては地球がほぼすべてで、星は天国へののぞき穴と考えられていた。いまは宇宙が予想を超えて大きく、約一三八億年前には予想を超えて小さかったとわかっている
- 膨張する宇宙は二〇世紀の発見。一九一六年生まれの著者の母が生まれたとき、知られていたのは天の川銀河だけだったが、いまは一〇〇〇億の銀河からなる宇宙が知られている
- 科学的事実は、知る人がいなくても、人間の出現前も絶滅後も事実である
- 多宇宙と時間の誕生:
- 私たちの宇宙は何十億の宇宙からなる多宇宙のひとつかもしれないと多くの科学者が考えている
- 物理学者は宇宙と時間の誕生直後についてよくわかっているが、「その前」を問うことは北極の北を問うようなものだという。ただし多宇宙があるなら問いは許されるかもしれない
物理定数の「微調整」論
- 有神論者の新たな空白:
- 学識ある有神論者は、生命についてはダーウィンの説明を受け入れて見切りをつけ、宇宙論や物理法則・基本定数という別の「空白」に注意を向けている
- 物理学の基本定数:
- 測定できる数、測定できない数、πのように数学的に必然の数とは別に、なぜその値なのかわからないまま受け入れられている数が基本定数である
- 重力定数Gが少し小さければ物質は集まらず銀河も星も生命もない。少し大きければ恒星は崩壊してブラックホールになるかもしれない
- 光速cや「強い力」など一〇以上の定数があり、どれも値がちがえば私たちの知る宇宙は存在できない
- 神による微調整への反論:
- 定数をラジオのつまみのように調整した「つまみを回す神」を想定したくなるが、その衝動には抵抗すべきである
- 微調整がありえなく思えるなら、それをできる神も少なくとも同じくらいありえない。神を持ち込んでも問題を一段階押しもどすだけで説明にならない
- ダーウィンが解決した生命のありえなさ(ツバメ、アホウドリの翼、脳や網膜、ゾウの一〇〇〇兆の細胞、クジャクやハチドリの美しさ)のほうがはるかに手ごわかった。比較的単純な物理法則と定数の起源の説明は楽勝のはずで、ダーウィンの成功は勇気を与えてくれる
宇宙論のシミュレーション
- 理論の検証方法:
- ビッグ・バン直後の初期状態を決め、理論から現在の宇宙の姿を予測し、実際と比較する
- 細部が複雑すぎて数学的証明は不可能なので、コンピューターモデル(第10章のボイドのようなもの)を使う
- イラストリス:
- 最も進んだシミュレーション「イラストリス」は八一九二台のスーパーコンピュータープロセッサーを使い、ビッグ・バンの三〇万年後から始まる
- 図13はハッブル・ディープフィールド写真とイラストリスの予測を並べたもので、著者にはどちらがどちらか区別がつかない
- 理解の空白を神で埋めようと考える人への助言は「歴史を振り返り、けっして科学の負けに賭けるな」
人間原理とゴルディロックス宇宙
- 人間原理:
- 私たちは存在するので、私たちの宇宙と惑星は私たちを生むことのできるものでなくてはならない
- 緑色植物に囲まれているのも、空に星があるのも偶然ではない(星がなければ水素とヘリウムより重い化学物質がなく、生命は進化できない)
- ゴルディロックスゾーン:
- 生命は液体の水を必要とし、水が液体でいられる狭い温度範囲に地球はある。冥王星や火星は遠すぎ、水星は近すぎる
- 人間原理によれば、地球がゴルディロックスゾーンにあるのは私たちが存在しているからである
- ゴルディロックス宇宙:
- ほとんどの宇宙論研究者が受け入れている「インフレーション」論から多宇宙が導かれ、宇宙ごとに法則や定数が異なるかもしれない
- 定数が生命の進化に「ちょうどいい」宇宙は少数派だが、私たちの存在そのものが、私たちがその少数派のゴルディロックス宇宙にいることを示している
結論
- 勇気をもって大人になる:
- 多宇宙と人間原理については「でも事実だ」と言うにはまだ早く、物理学者のさらなる研究が必要だが、見込みはありそうである
- ありえないように思えるものの空白部に大胆に踏み込むことは、科学史においてたいてい正しいと判明してきた
- 私たちは勇気をもって大人になり、あらゆる神に見切りをつけるべきである