なぜリベラルは敗け続けるのか (岡田憲治)
書籍情報
- 著者:岡田憲治(著)
- 発行日:2019-05-29
- ISBN:9784797673739
- URL:https://www.shueisha-int.co.jp/publish/なぜリベラルは敗け続けるのか
書籍目次
- はしがき
- プロローグ オトナになれない私たち
- 私、オカダはこんな男です
- 連戦連敗の私たち
- デモクラシーが破壊されている
- 「普通の民主主義」を守る
- 近代国家としての最低限のルール
- 誰が民主主義を殺すのか
- なぜ我々は負け続けているのか
- もうちょっとだけオトナになろう
- 「ちゃんとした政治」をするのに必要なこと
- 第一章 なぜリベラルは「友だち」を増やせないのか
- 最重要な課題としての「友だち増やし」
- 「公約」という優先順位リスト
- 色々ある勝負の場面
- 友だちを増やせなかったために起きたこと
- 「憲政破壊」を許した野党の責任
- 私はどの段階で負けているのか
- 心をこじらせている私たち
- 私たちは「子ども」なのです
- 第二章 善悪二分法からは「政治」は生まれない
- この世の善は悪がもたらす
- オサムくん事件
- なぜオサムくんは牛乳をかけたのか
- ウィリー・スタークは悪人か
- 汚いカネを綺麗に使う
- 田中角栄の直面したもの
- 角栄の功罪
- なぜ都会の住民は角栄を嫌ったか
- 善と悪の間から何を読むのか
- 私たちは角栄を裁けるのか
- 第三章 なぜ「支持政党なし」ではダメなのか
- クソ真面目な友人たち
- 本当に投票する人がいないのか?
- 気持ちと政治のマッチング
- 「気持ちに正直」がもたらすもの
- タトゥーとしての支持政党
- 生活の場面ではとっくにできている私たち
- 第四章 「議論のための議論」から卒業しよう
- 話し合いの役割と限界
- 「政治参加」という厄介な言葉
- 「エイヤッ」と物事を決めること
- まな板に載せること、さばくこと
- 議論は何のためにやるのか
- 不毛な議論に終始した民主党政権
- 言うことをきかせる側の覚悟
- 第五章 すべての政治は失敗する
- 何かを選べば、何かを失う
- あの時、彼らは何を選んだか
- 「神の視点」からの批評
- 政治家の苦悩は我々の苦悩である
- 正論主義の限界と悪徳政治家のしぶとさ
- なぜ彼らはダンケルクに集結したのか
- それぞれに「責任を取る」政治
- 「政治を育てる」ということ
- 第六章 「お説教」からは何も生まれない
- 「君たちは勉強が足りない!」
- 気持ちを壊す言葉
- 林檎たちの気持ち
- 肯定されたいという心根
- 分かるけどそう言われたくない
- 「超人」のエピソードでは心は開かない
- 第七章 「ゼニカネ」の話で政治をしたい
- 気付きつつ放置された違和感
- 左派基本文法の「平和と人権」
- 生きることと反戦がストレートに結びついた時代
- 拡大する格差と貧困の中で
- 誤解されている「リベラル」
- 「ゼニカネ」を軽視する日本の左派
- ゼニカネの重要性を知っていた田中角栄
- 生きる者の「不安」に耳をそばだてる
- 第八章 議員には議員の仕事がある、ということ
- 権力に取り込まれる
- 政治「家」になるという堕落
- 街頭で手を結ぶ市民運動と野党
- 院内野党への不寛容と攻撃
- 議運と国対という戦いの場
- 火事を知らせる人と消す人
- 戦わない奴らが文句を言う
- 政治家のステージと、市民運動のステージ
- 第九章 なぜ私たちは「協力」しあえないのか
- すべてが正反対の友人同士
- 氷山の一角
- 「政策が違う」と友人になれないのか?
- 「野合」批判はどこがおかしいのか
- 「綱領」と「公約」の違い
- 四年間でできることリスト
- 部分を全体へとまとめる作業目標
- 私たちが守るべきは「政党」なのか?
- 立場を超えて共有できるものを探す
- 第十章 現実に立ち向かうための「リアリズム」
- 大人になるとは現実に追従することではない
- 「思い」を血肉化させる
- 思想には「学びほぐし」の連続が必要だ
- 信念が支え、でもそれに引きずられない政治
- 思想を行動へと翻訳するということ
- 時には敵対者まで友だちにすべし
- 使いこなすべき友人としての「官僚」
- エピローグ 政治に「進歩」はあるのか
- プラトンたちの問いかけるもの
- しょせん歴史は「繰り返し」にすぎないのか
- あとがき
- 参考文献ほか