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本を読めなくなった人たち ――コスパとテキストメディアをめぐる現在形(稲田豊史)

書籍情報

書籍目次

第1章 ニュースを無料で読む人たち

ニュースは取りに行かない

誰が書いているかなんて考えたこともない

フォロワー数が多いアカウントは信じられる

スマホが使えたら新聞を取る必要はない

「実利的かつ必要な情報」なら課金してもいい

「他人の不幸」「エロ」「マンガ」「クイズ」しか読まれない

イーロン・マスクが無料ウェブメディアの質を落とした

AIにPVを削られ、AIで記事を作る

「いい記事」はネットに出てこない?

アテンション・エコノミーからエンゲージメント志向へ

「秒」で理解できることしか関心を払われない

「インターネットは膨大な知の記録保管庫」ではなかった

10年で30%のウェブページが消滅している

第2章 本を読まない人たち ――〈わかりみ〉と〈おもしろみ〉

日本人の6割以上が1ヵ月に1冊も活字の本を読まない

読書は「ながら」ができないからコスパが悪い

「本の情報はネットで代替できる」論

長い文章を読めない

村上春樹を10ページも読めない

3行の文章題が理解できない

読めないなら生成AIに要約してもらえばいい

優等生でも長文が苦手

実利性が高い本は読む

「映画化されるってことは、面白いに決まってる」

本をたくさん読んでいるからといって賢いわけではない

賢さに寄与する読書と寄与しない読書

フィルターバブルは“賢さ”の敵

読書エリートは受動性と無縁

数百字のテキストより10分の動画

テキストに我慢していたビジネスパーソンが動画に行く

動画視聴は受動的だから楽

楽は付け入る隙を与える

マスメディアは「冗長」

動画偏重で「ふいんき」「永遠と」がはびこる

わかりやすくなければ、読まれない

純文学でオープンエンディングが許されない

〈わかりみ〉=思考の停止、〈おもしろみ〉=思考の開始

〈わかりみ〉=コスパ重視、〈おもしろみ〉=コスパ度外視

「朝の読書」は読書習慣をつけない?

朝読は「現在の読書習慣とはまったく関係ない」

「スマホのせいで読まなくなった」と主張する若者たち

親の本棚=文化資本

長い文章を読めるのは特殊能力

第3章 本と出合えない人たち

何を読んでいいのかわからない

書評って何ですか?

本の情報は勝手に降ってくる短尺動画で取る

無料抜粋記事で本と出合えるか

切り抜きで満足してしまう人たち

「いいね」する人と本を買う人は別

テキストを「安く」しているのは誰なのか

動画を好む客に本を売る

20年で新書の初版部数は半分になった

活字本の電子版は出合いの場に乏しい

続巻商売ができない活字の本

「安くする」しかプロモーション方法がない

活字の本を読む大学生は電子を好まない

電子コミックは「所有するほどでもない人たち」のニーズを満たす

活字の本は電子のメリットを享受できない

第4章 本屋に行かない人たち

「売れない服は店頭に置かないじゃないですか」

検討コスト、思考コスト

書店は美術館レベルでレアな存在

雑誌を買う大学生は1割もいない

普通の人間の生活で、本棚は部屋の真ん中にない

業界の商慣習なんて「知らんがな」

本屋は「余裕のある人」しか行かない場所

富裕層向け化する本

「本が好きな私が好き」という自意識

独立系書店とシェア型書店という選民的空間

文脈が不快な「圧」になるとき

「本好きがつながれる場所」という島宇宙

好事家が懐古趣味的な興味を満足させる場所

終章 紙の本に集う人たち

「こんなものを読書と呼ぶな」

「読者」的集団と「消費者」的集団

生成AIによって文章が「安く」なっている

もうすぐ絶滅するライターという職業について

紙の本は多様な利益を長期的に呼び込む「資産」

紙の本には権威と信頼性がある

究極の自己実現手段である紙の本

ファンは「コンテンツ」ではなく「キャラ」につく

紙の本の所有は継続性の高い顧客を育む

読書行為はラテン語化し、読書能力はレガシー化する